紫の香りに愛されて ゆきずりのコンサルタントに依頼したのは溺愛案件なんかじゃなかったんですけど
車が真宮ホテルの地下駐車場に入る。
もう時間がないのに。
考えれば考えるほど、何を信じていいのか分からなくなる。
車を止めてエンジンを切った玲哉さんが先に降りる。
車から出ない私に外からドアを開け、心配するなと声をかけながら体をかぶせて私のシートベルトを外す。
湿った雑巾のニオイがする。
「さあ、行こう」
「嫌です」
言ってたじゃない。
自分がしたいことを主張していいんだって。
してほしいことを求めていいんだって、言ってたじゃない。
「玲哉さん、車を出してください」
「だめだ。ここで逃げたら、君は本当に逃げられなくなる」
嘘つき。
結局、私の話なんて誰も聞いてくれないじゃない。
こうなるって分かってて、なのになんであんなに私のことを励ましてくれたの?
世間知らずのお嬢様が得意げに語るお花畑の夢物語を笑って聞いていただけなの?
ただからかっただけなの?
全部嘘……。
信じろって……。
全部嘘じゃない!
心の中に声が聞こえてくる。
口答えをするな。
口答えをするな。
口答えをするんじゃない!
はい、ごめんなさい。
結局、私は私。
何も決められないお花畑のお嬢様。
ごめんなさい。
私が間違っていました。
生まれ変わるなんて、無理に決まってる。
お母さん、わがまま言ってごめんなさい。
口答えしてごめんなさい。
もう何も言いませんから、だから、許してください。
紗弥花は良い娘になります。
真宮家にふさわしいお嬢さんになるために。
口をつぐんで何も言わずに言うとおりにしますから。
だから、今回の過ちを許してください。
――謝らなくちゃ。
お母さんに謝らなくちゃ。
今すぐ謝りに行かなくちゃ。
私は自分から車を飛び出してエレベーターへと走った。
驚いた玲哉さんが後を追いかけてくる。
「待てよ、紗弥花」
さっきは待ってくれなかったくせに。
嘘ばっかり。
全部嘘。
何も知らない馬鹿な女をもてあそんで都合が悪くなったら捨てるだけ。
最初からそのつもりだったんでしょう。
私だって、捨てられるつもりだった。
そうすれば自由になれると思ってた。
だから、それでいいと思ってた。
だけど……、だけど……。
だめ、泣いちゃだめ。
こんな男に涙なんか見せたらだめ。
言ったでしょう。
ちゃんとお別れしなくちゃって。
一夜限りの気まぐれに本気になるなんて。
何もなかったみたいに、もっと、きれいにお別れしなくちゃ。
――だから……。
泣いちゃだめ。
エレベーターのドアが開く。
中に入って地上階へのボタンを連打する。
ゆっくりと閉まるドアの隙間にあの男が滑り込んでくる。
壁際に下がった私に覆い被さるように、あの男が壁に手をついた。
「いいか、紗弥花」と、男が私の目を見つめる。「何があっても俺を信じろ」
もう、いいです。
「迷うな。信じろ」
だから、何を……。
やっぱり、だめ。
不安の渦に引き込まれたら、もう逃げられない。
決められない。
私には何も分からない。
何を信じていいのかなんて分からない。
「愛してるよ」
「やめて!」
唇を重ねようとする男を、私は拒んだ。
それが最後の自己主張だった。
エレベーターの扉が開いたとき、そこに待ち構えていたのは、昨日と同じ桜色のスーツを着た私の母だった。
もう時間がないのに。
考えれば考えるほど、何を信じていいのか分からなくなる。
車を止めてエンジンを切った玲哉さんが先に降りる。
車から出ない私に外からドアを開け、心配するなと声をかけながら体をかぶせて私のシートベルトを外す。
湿った雑巾のニオイがする。
「さあ、行こう」
「嫌です」
言ってたじゃない。
自分がしたいことを主張していいんだって。
してほしいことを求めていいんだって、言ってたじゃない。
「玲哉さん、車を出してください」
「だめだ。ここで逃げたら、君は本当に逃げられなくなる」
嘘つき。
結局、私の話なんて誰も聞いてくれないじゃない。
こうなるって分かってて、なのになんであんなに私のことを励ましてくれたの?
世間知らずのお嬢様が得意げに語るお花畑の夢物語を笑って聞いていただけなの?
ただからかっただけなの?
全部嘘……。
信じろって……。
全部嘘じゃない!
心の中に声が聞こえてくる。
口答えをするな。
口答えをするな。
口答えをするんじゃない!
はい、ごめんなさい。
結局、私は私。
何も決められないお花畑のお嬢様。
ごめんなさい。
私が間違っていました。
生まれ変わるなんて、無理に決まってる。
お母さん、わがまま言ってごめんなさい。
口答えしてごめんなさい。
もう何も言いませんから、だから、許してください。
紗弥花は良い娘になります。
真宮家にふさわしいお嬢さんになるために。
口をつぐんで何も言わずに言うとおりにしますから。
だから、今回の過ちを許してください。
――謝らなくちゃ。
お母さんに謝らなくちゃ。
今すぐ謝りに行かなくちゃ。
私は自分から車を飛び出してエレベーターへと走った。
驚いた玲哉さんが後を追いかけてくる。
「待てよ、紗弥花」
さっきは待ってくれなかったくせに。
嘘ばっかり。
全部嘘。
何も知らない馬鹿な女をもてあそんで都合が悪くなったら捨てるだけ。
最初からそのつもりだったんでしょう。
私だって、捨てられるつもりだった。
そうすれば自由になれると思ってた。
だから、それでいいと思ってた。
だけど……、だけど……。
だめ、泣いちゃだめ。
こんな男に涙なんか見せたらだめ。
言ったでしょう。
ちゃんとお別れしなくちゃって。
一夜限りの気まぐれに本気になるなんて。
何もなかったみたいに、もっと、きれいにお別れしなくちゃ。
――だから……。
泣いちゃだめ。
エレベーターのドアが開く。
中に入って地上階へのボタンを連打する。
ゆっくりと閉まるドアの隙間にあの男が滑り込んでくる。
壁際に下がった私に覆い被さるように、あの男が壁に手をついた。
「いいか、紗弥花」と、男が私の目を見つめる。「何があっても俺を信じろ」
もう、いいです。
「迷うな。信じろ」
だから、何を……。
やっぱり、だめ。
不安の渦に引き込まれたら、もう逃げられない。
決められない。
私には何も分からない。
何を信じていいのかなんて分からない。
「愛してるよ」
「やめて!」
唇を重ねようとする男を、私は拒んだ。
それが最後の自己主張だった。
エレベーターの扉が開いたとき、そこに待ち構えていたのは、昨日と同じ桜色のスーツを着た私の母だった。