紫の香りに愛されて ゆきずりのコンサルタントに依頼したのは溺愛案件なんかじゃなかったんですけど
「お言葉ですが、私と紗弥花さんは婚姻届に署名をしました。それは洗脳でも強制でもありません」
「そんなの、いくらでも無効申し立てはできます。一時的に世間に公表されたところで、こちらとしては、傷物の娘がこれ以上汚れたところでなんてことありませんよ。でも、あなたはこれまでのように羽振り良くやっていくことはできなくなるでしょうね。法的には何の問題もなくても、噂が広まれば社会的に抹殺される。あなたは、うちの娘がすすんで身を委ねたのだと主張するでしょうけど、そんなの誰が信じるのですか。潔白の証明は悪魔の証明と言われていることくらい、あなたには釈迦に説法でしょうけど」
 男は何も言わない。
 どうして?
 どうして反論しないの?
 お母さんの言うことが真実だから?
 いつも正しいのは母。
 正しく導いてくれるのはいつだってお母さんだった。
 だから、この男だって、母の前では無力なんだ。
 信じろなんて、ただの強がり。
 何の根拠もないから、だから、信じ込ませようとしていたのね。
 何もできない私と、無力なあなた。
 ごめんなさい、お母さん。
 やっぱり私が間違っていました。
 母は黙り込んでいる男に見切りをつけて私の前に立ちはだかった。
「和樹さんは、昨夜このホテルにお泊まりになっていたんですよ。あなたと二人で今後のことを話し合うために。なのにあなたはどこかへ行ってしまった。このような無礼が許されると思っているのですか」
「ごめんなさい。私が間違っていました」
 やっぱり私はお母さんに踊らされるマリオネット。
 勝手に動いてごめんなさい。
 たぶん、糸が絡まってたんです。
 玲哉さんと赤い糸で結ばれてるなんて、馬鹿なことを考えてごめんなさい。
「いいですか、和樹さんにお詫びするのです。今から部屋へ行って、まずはあなた自身の口からきちんとお詫びを申し上げ、許していただくのですよ。そして、私たちと今後のことについてあらためて話し合いを持っていただく。それが会社の存続にとっても、真宮家にとっても一番良い道筋なのですからね」
「分かりました」
 ちゃんと踊ります。
 お母さんの操る糸の通り、どんなに滑稽な踊りでも踊って見せます。
 だから……。
 だから、許してください。
 ごめんなさい。
「宮村」と、母が後ろに控えていたコンシェルジュを呼んだ。
「はい、奥様」
「紗弥花を和樹さんのお部屋へ連れていきなさい」
「かしこまりました」
 どうぞ、と宮村さんが手を廊下へと向ける。
 私は素直に従った。
「紗弥花」
 あの男が私の名を呼んでいる。
 宮村さんが立ち止まって振り向いたけど、私は先をうながした。
「よろしいのですか」
「行きましょう。私には関係のない人ですから」
「かしこまりました」
 和樹さんに許しを請い、出資契約を前に進めてもらうために。
 私は母の思惑通り、今からこの身を捧げに行くのだ
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