紫の香りに愛されて ゆきずりのコンサルタントに依頼したのは溺愛案件なんかじゃなかったんですけど
 でも……あれ?
 痛くない。
 いったい……、どうしたの?
「そこまでだ」
 落ち着いた声が聞こえて、そっと目を開けると、そこには酔っ払った男を羽交い締めにした宮村さんと、もう一人、拳をつかんでひねりあげた玲哉さんがいた。
 玲哉さん……。
 来てくれたんだ。
 やっぱり助けに来てくれたのね。
「い、痛いじゃないか。おい、やめろ」
 和樹さんが暴れて、かたわらに転がった私のハンドバッグからスマホが滑り出た。
 ――あれ?
 これ、玲哉さんのスマホだ。
 どうして私のバッグに?
「強姦未遂の現行犯で私人逮捕する」
 玲哉さんは現在時刻とホテルの住所を記録するために、淡々と自分のスマホに向かって録音した。
「これから警察を呼んで身柄を引き渡すまで、一橋和樹さん、あなたを拘束します。あなたの発言は裁判で証拠として採用されます。あなたには黙秘権があり……」
 押さえつけられていた和樹さんが叫ぶ。
「ふざけるな! こんなの茶番だ!」
「いいえ、私が証人です」と、宮村さんが太い腕に力をこめる。
 和樹さんは顔をゆがめながらなおも抵抗を続けていた。
「この女を使って俺を罠にはめようとしたんだろう。だいたい、おまえら身内だろう。そんな偏った人間ばかりの証言なんてあてになるもんか」
「私もいますけど」
 二人の後ろから顔を出したのは玲哉さんのマンションで会った司法書士さんだった。
 ――あれ、高梨さん?
「証拠もありますよ」
 手には別のスマホを持っている。
 スピーカーから音声が再生された。
『いやです! やめてください!』
 あ……。
 私の声だ。
 言えたんだ、私。
 言えたんだ……。
 ちゃんと言えたんだ。
 嫌だってちゃんと言えたんだ。
 喉が詰まって声がかすれてると思ってたけど、ちゃんと言えたんだ。
「高梨さん、どうしてここに?」
 ベッドから体を起こしてたずねると、慣れた調子で淡々と事情を話してくれた。
「三時間くらい前に久利生さんからメールが来て、真宮ホテルのラウンジで待機しててくれって言うんでアフタヌーンティーを楽しんでたんですよ。自分じゃ出せませんけど、経費で払ってくれるって言うんで。そしたら、さっき久利生さんから電話がかかってきたんですけど、なんか会話じゃなくて変な音がごそごそしてるんで、またなんかやってるみたいだなって、いつも通り録音してたんですよ」
 まあ、この人と仕事してるとよくあることなんで、と高梨さんは肩をすくめた。
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