紫の香りに愛されて ゆきずりのコンサルタントに依頼したのは溺愛案件なんかじゃなかったんですけど
でも、そのときだった。
悪意のこもった黒い声がそんな雨の音を遮った。
「ちょっと、あなたたち、これはどういうことなの。いったい何をしているのですか」
インペリアルスイートのリビングルームから、父を引き連れた母が顔を出していた。
「あ、お母さん、助けてください。これは誤解なんです」
和樹さんに哀願された母が宮村さんを叱りつけた。
「宮村、失礼ですよ。和樹さんをお放ししなさい」
「ですが、奥様」
「あなたはこのわたくしに口答えをするつもりですか!」
宮村さんが渋々と和樹さんを放した。
拘束を解かれたものの立ち上がる気力もないらしく、みんなに取り囲まれながら輪の中心でへたり込んだ男は、この期に及んでもまだぶつぶつと恨み言をつぶやいていた。
「こ、こんなのずるいぞ……。罠だ。ぼ、僕を陥れようとしたってこんなの無効だ。脅迫だ。捏造だ……。全部仕組まれたでたらめだ」
玲哉さんが私の肩を抱きながら和樹さんに冷徹に告げた。
「それは悪魔の証明ですよ。あの録音がある以上、世間はどちらを信じるでしょうかね」
自分の皮肉にあてつけられた母が渋い表情で玲哉さんをにらみつける。
「だいたい、君たちは失礼じゃないか」と、やけ気味に酒臭い息をまき散らしながら宮村さんに食ってかかる。「ここは僕の部屋だぞ。いくらホテル従業員だからといって、宿泊客に無断で客室に入ってくるなんて、おかしいじゃないか。真宮ホテルっていうのは、こんな三流の対応をおもてなしとか言うつもりか」
宮村さんは淡々と事務的に答えた。
「失礼ながら、一橋様、ここはあなたの部屋ではありませんよ」
「何を言ってる。僕が泊まっていた部屋なんだから、僕の部屋に決まってるだろう」
玲哉さんが冷ややかな目で男を見下ろす。
「あなたは昨日チェックイン手続きを行いましたか?」
「いや、僕は契約のために招かれた客だぞ。いちいちそんな手続きをする必要はない」
「宮村さん、この部屋は誰の部屋ですか」
「奥様からの依頼で、紗弥花お嬢様の名義でご予約を承っておりました」
えっと、私は何も……。
でも、昨日の契約の段階では、母は私と和樹さんを二人きりにするつもりだったんだろう。
やっぱり私は自分からすすんで生け贄になるように仕向けられていたんだ。
玲哉さんはそんな私の動揺を察知したのか、肩に回した手に力を込めてくれた。
――大丈夫。
指先から立ち上る紫の香りとともに、そんな声が聞こえた気がした。
「予約者はあなたではないし、宿泊手続きもおこなっていない。つまり、一橋さん、ここはあなたの部屋ではないことは明らかです」
悪意のこもった黒い声がそんな雨の音を遮った。
「ちょっと、あなたたち、これはどういうことなの。いったい何をしているのですか」
インペリアルスイートのリビングルームから、父を引き連れた母が顔を出していた。
「あ、お母さん、助けてください。これは誤解なんです」
和樹さんに哀願された母が宮村さんを叱りつけた。
「宮村、失礼ですよ。和樹さんをお放ししなさい」
「ですが、奥様」
「あなたはこのわたくしに口答えをするつもりですか!」
宮村さんが渋々と和樹さんを放した。
拘束を解かれたものの立ち上がる気力もないらしく、みんなに取り囲まれながら輪の中心でへたり込んだ男は、この期に及んでもまだぶつぶつと恨み言をつぶやいていた。
「こ、こんなのずるいぞ……。罠だ。ぼ、僕を陥れようとしたってこんなの無効だ。脅迫だ。捏造だ……。全部仕組まれたでたらめだ」
玲哉さんが私の肩を抱きながら和樹さんに冷徹に告げた。
「それは悪魔の証明ですよ。あの録音がある以上、世間はどちらを信じるでしょうかね」
自分の皮肉にあてつけられた母が渋い表情で玲哉さんをにらみつける。
「だいたい、君たちは失礼じゃないか」と、やけ気味に酒臭い息をまき散らしながら宮村さんに食ってかかる。「ここは僕の部屋だぞ。いくらホテル従業員だからといって、宿泊客に無断で客室に入ってくるなんて、おかしいじゃないか。真宮ホテルっていうのは、こんな三流の対応をおもてなしとか言うつもりか」
宮村さんは淡々と事務的に答えた。
「失礼ながら、一橋様、ここはあなたの部屋ではありませんよ」
「何を言ってる。僕が泊まっていた部屋なんだから、僕の部屋に決まってるだろう」
玲哉さんが冷ややかな目で男を見下ろす。
「あなたは昨日チェックイン手続きを行いましたか?」
「いや、僕は契約のために招かれた客だぞ。いちいちそんな手続きをする必要はない」
「宮村さん、この部屋は誰の部屋ですか」
「奥様からの依頼で、紗弥花お嬢様の名義でご予約を承っておりました」
えっと、私は何も……。
でも、昨日の契約の段階では、母は私と和樹さんを二人きりにするつもりだったんだろう。
やっぱり私は自分からすすんで生け贄になるように仕向けられていたんだ。
玲哉さんはそんな私の動揺を察知したのか、肩に回した手に力を込めてくれた。
――大丈夫。
指先から立ち上る紫の香りとともに、そんな声が聞こえた気がした。
「予約者はあなたではないし、宿泊手続きもおこなっていない。つまり、一橋さん、ここはあなたの部屋ではないことは明らかです」