紫の香りに愛されて ゆきずりのコンサルタントに依頼したのは溺愛案件なんかじゃなかったんですけど
「よろしいですか?」
 ――え?
 気がつくとコンサルタントの男が私を見下ろしていた。
「もう一度ご説明しましょうか」
「いえ、結構です」
「助かります。時間の無駄ですので」
 無駄って……、無駄って、どういうこと。
 私の気持ちに価値はないの?
 私の存在自体無駄だってこと?
「まあ、これで当分は安泰だな」
 父まで他人事のようにつぶやく。
「ええ、無事に話がまとまって何よりですわ」
 母も満足そうにうなずくと、冷めたであろうお茶を取り上げて口にふくんだ。
 結構ですとは言ったけど、同意じゃないのに。
 和樹さんが机の上に身を乗り出す。
「お父さん、お母さん、必ず紗弥花さんを幸せにしてみせますから」
 ――違う。
 私を幸せにするのはこんな人じゃない。
 そもそも、他人に幸せにしてもらいたいわけじゃない。
 私は自分として生きていたいだけ。
 ――いいの?
 本当にいいの?
 このまま何もかも決まってしまっていいの?
 私は今まで、今日この日のために生きてきたの?
 傷一つなく、つるりとまっさらな女として育てられたのはこのためだったの?
「では、契約成立ということで、こちらにご署名をお願いします」
 胸ポケットから万年筆を取り出した父は何のためらいもなくサラサラと署名を済ませた。
 和樹さんもにっこりと笑みを浮かべてペンを走らせる。
 結局何もできないまま、私はこの人の妻として一橋家に嫁入りすることが決まってしまった。
 ――そう。
 どうせ私なんかにできることなんて一つもないんだ。
< 7 / 118 >

この作品をシェア

pagetop