紫の香りに愛されて ゆきずりのコンサルタントに依頼したのは溺愛案件なんかじゃなかったんですけど
 盛り付けをしている横で料理の香りをかいでいる夫にたずねた。
「玲哉さんはお酒飲みますか?」
「紗弥花は?」
「ごめんなさい。私、全然だめなんです」
「ああ、そうなのか」と、手をもみ合わせる。「奈良漬け一枚でってやつか?」
「それが、臭いだけでも苦手で」
「ああ、それは本物の下戸だな。無理に飲まない方がいいだろ」
 玲哉さんは首を振りながら肩をすくめた。
「ごめんなさい。一緒に楽しめなくて」
「いや、気にするなよ。俺も付き合いでたしなむ程度で、ふだんは家では飲まないんだ」
「そうなんですか」
 リビングに家庭用ワインセラーがありますけど。
 私がチラリと目をやると、玲哉さんは苦笑しながら手を振った。
「あれは来客用とか、余ったら料理に使ってるだけだ。数千円程度で、そんなに高級な銘柄はないぞ」
 本当なのかな。
 せっかくの楽しみだろうに、申し訳ない。
「私はお付き合いできませんけど、気にしませんから、良かったらどうぞ」
「いや、本当に心配ないよ。ふだんは、ほら……」と、さっき炭酸水を注いでいたグラスを掲げた。「これなんだ」
 と、盛り付けも済んで、テーブルに並べる。
「二人分だから狭いな」
 今朝もきつかったけど、夕食もかなり窮屈だ。
「なんでも二人用にしていかないとな」
 楽しそうにそんなふうに言ってくれるのがうれしい。
 急に押しかけちゃってごめんなさい。
 茹で野菜のサラダ、芋なし芋煮風汁、ブリのイタリア風照り焼き、そして炊きたてご飯。
「こんな感じでいいですか?」
「最高じゃないか。どれ、いただきます」
 わんぱく小僧みたいに腕を振り上げて、まずはサラダに箸を入れる。
「お、和風……、いや、中華風な味付けなんだな」
「ええ、冷蔵庫にあったごまドレッシングに醤油とラー油を加えてあるんです」
「いいアレンジだな。うまいよ」
 ひょいぱくひょいぱくとあっという間にブロッコリーやアスパラが消えていく。
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