紫の香りに愛されて ゆきずりのコンサルタントに依頼したのは溺愛案件なんかじゃなかったんですけど
 でも、お世辞でも何でもなく、玲哉さんはぺろりと完食だった。
「足りなかったですか?」
「いや、満腹だよ。うますぎてつい箸が進んでしまった。いや、満足満足。本当にうまかったよ」
「良かったです」
 玲哉さんが席を立つ。
「食後はコーヒーとお茶、どっちがいい?」
「ああ、じゃあ、ほうじ茶なんてありますか?」
「いや、すまん。緑茶しかない。ほうじ茶が好きなのか?」
「ええ、でも、じゃあ、緑茶をお願いします」
 玲哉さんが急須にお茶の葉を入れながらしみじみとつぶやく。
「新しいことを知るのは楽しいな」
 そうですね。
 私ももっと知りたいですよ。
 お茶の葉が広がるほんの短い間に、玲哉さんが手際よく蕪と白菜の漬物を切って出してくださった。
「甘い物の方が良かったか?」
「いえ、祖父もこれが好きでした」
 ほんのりきいた柚子と昆布の味が優しい。
 ポリポリコリコリとおいしい音がする。
「明日ほうじ茶を買いに行こうな」
「テーブルとかも見てきましょうか」
「ああ、いいな。皿もだろ」
 やらなくてはならないことがたくさんある。
 だけど、それは一つ一つが私たちの生活を組み上げるパズルのピースになっていて、しかも、全部自分たちで決めて好きなところにはめこんでかまわない。
 それはとても楽しくて、どんな絵柄になるのか考えるだけでもうれしくなることなんだ。
 玲哉さんの笑顔を見ながら私はそんな幸せをかみしめていた。
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