紫の香りに愛されて ゆきずりのコンサルタントに依頼したのは溺愛案件なんかじゃなかったんですけど

   ◇

 食後の片付けは玲哉さんがやってくださった。
 というより、やらせてもらえなかったと言った方が正しい。
 料理をしたのも私だから片付けもしようと思っていたのに、玲哉さんからストップがかかったのだ。
「言いにくいんだが、俺なりのやり方っていうのがあってだな。たとえば、油汚れを落とすにはこのスポンジとか、この洗剤とか、まあ、つまらんこだわりなんだが、いつもと違うやり方をされてしまうと、かえってがっかりしてしまうんだよ。仕事でも、そういうことってあるだろ。メールのやりとりのタイミングとか、ペンが違うだけで字が書きにくいとか」
 そう言って、鼻の頭をかく。
「細かすぎて引くか?」
「そんなことないですよ」と、私はふるふると手を振った。「分かります。違うところに物を置かれちゃって、なくなったかと焦ったりしますよね」
「ああ、だから、お互いにルールというか、生活習慣をすりあわせるのって大事だと思うんだ」
 ――そっか。
 結婚って、他人だった二人が一緒に暮らすことだもんね。
 玲哉さんの考えは合理的で、すごく重要なことを言ってるんだと思う。
「俺たちは昨日今日で、そういうことを確認する時間なんてなかっただろ。だから、とりあえず、お互いの習慣を理解し合えるまでは、やらないでほしいことは喧嘩にならないようにはっきりさせた方が良いと思うんだ」
「そうですね。私も勝手にやらないようにしますね」
 玲哉さんが手を広げながら申し訳なさそうに頭を下げた。
「すまん、なんか冷たい言い方になってしまって」
「いえ、逆に、そういうことが大事なんだなって分かって助かりますよ」
「ありがとう。そう言ってくれるとうれしいよ」
 玲哉さんが私と向かい合い、腰に手を回して抱き寄せる。
「キスは、いつしてもいいか?」
「うーん、どうしましょうか」
 玲哉さんが笑いをこらえきれずに吹き出す。
「そこは迷うなよ」
「だって、今日のエレベーターみたいに人目があるところだとやっぱり恥ずかしいですよ」
「そうだな。悪かったよ。これからは気をつけるよ」
「じゃあ、今はいいですよ」
「じゃ、遠慮なく」
 ホント、遠慮なんかないんだから。
 食後のキスはとても濃厚でデザートにしても甘すぎました。
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