紫の香りに愛されて ゆきずりのコンサルタントに依頼したのは溺愛案件なんかじゃなかったんですけど
第2章 屈辱の涙
 会議室を出たところで見回してみても、どこにもあの男の姿はなかった。
 あのラベンダーの遊歩道を戻っていったのかもしれない。
 私はパンプスでラウンジへ走った。
「お嬢様、どうかいたしましたか」
 コンシェルジュの宮村さんにはすれ違いざまに会釈だけして駆け抜ける。
 ラウンジ入り口から奥の窓を見ると、思ったとおり遊歩道にあの男がいた。
 相変わらず歩幅の大きい歩き方だ。
「待って」
 と、声を掛けようとしたところで、中から聞こえるはずもない。
 急がなくちゃ。
 私は廊下の端まで走り、庭園へ続く階段を駆け下りた。
 遊歩道を歩くお客さんをかき分けるようにしてあの男の姿を追う。
 おぼつかない足取りで駆け抜ける私を紫の香りが包み込む。
 ふわりとよみがえる淡い記憶を頭から振り払う。
 ――なによ、あんな人。
 お金のことしか考えないあんな冷徹な男にほんの一瞬でもときめいてしまったのが悔しい。
 ホント、お花畑のお嬢様。
 ラベンダーを撫でたからっていい人とは限らないのに。
 あの男は西本館地下の駐車場へ向かっていた。
 車で出られたら追いつけない。
 私は出口側へ回り込んで地下駐車場へ下りた。
 出庫してくる何台かの車の運転席には、あの男の顔はないようだった。
 とはいえ、広くて暗い駐車場のどこにいるのか分からない。
 と、まぶしい光に射貫かれて手をかざすと、白いセダンが近づいてきた。
 目がくらんで車内の様子は分からない。
 通り過ぎる瞬間、助手席の窓からかろうじて見えたのは、あのミディアムグレーのストライプスーツだった。
「待ってください!」
 呼びかけても、きしむタイヤの音にかき消されて届かない。
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