紫の香りに愛されて ゆきずりのコンサルタントに依頼したのは溺愛案件なんかじゃなかったんですけど
 マンションから薔薇園までは原付バイクで三十分位かかる。
 市街地から郊外へ出る方向なのでほとんど込むことはないし、途中に信号もあまりないから、距離はあるけど気楽な通勤だ。
 事務所前の駐車場にバイクを停めると、ちょうど南田さんのスポーツカーがやってきた。
 どうしてタイヤがハの字型でも走るのかは未だによく分からないし、エンジンを止める直前になぜか吠えるのでちょっとびっくりする。
「おはざっす」
「おはようございます」
 スマホを買って早速南田さんとも連絡先を交換した。
 娘さんとお出かけした時の写真をやたらと送ってくれるのはいいんだけど、なんて返事したらいいのか分からなくて困ってしまう。
 学校に行きたがらなくて毎朝喧嘩になるんだそうだ。
「今日はちゃんと行きました?」
「玄関で相撲取りましたよ。ラインから出たら行けよって押し出したら、ママずるいとかぬかしやがってぇ」
 聞かなきゃ良かった。
「これ、娘とおそろなんすよ。かわいいっしょ」と、ネイルを見せてくれる。
 猫のキャラがデコられている。
 私はネイルはやめた。
 土いじりに邪魔だからだ。
 髪の毛は今までお願いしていた真宮ホテルのヘアサロンに一度だけ行ってきた。
 原付のヘルメットをかぶるのでバッサリ短くしてきたのだ。
 玲哉さんはそれについては特に何も言わなかった。
 長い方が良かったとかそういうことではなく、ライフスタイルが変わるんだからそれに合わせるのは当然だと思っているだけらしい。
 髪型が変わっても変わらず抱きしめてくれるし、私を見つめる視線に込められた愛情は熱いままだ。
 そもそも私の仕事にあわせて生活環境までがらりと変えてしまってるんだから、髪型なんてむしろ些細な方だと自分でも思う。
 だんだん玲哉さんの合理主義に染まってきたのかもしれない。
 薔薇園は来年の春まで休園することになった。
 その間に土壌の改良や施設の補修をおこない、リニューアルオープンさせる予定だ。
 私の仕事はそういったプランの作成と推進だけど、薔薇の栽培方法といった根本的な知識を身につけることも重要だった。
「薔薇の株を入れ替えて来年のオープンには間に合うんですか」
 栽培担当の今井さんはどんな質問にも的確に答えてくれる。
「それは問題ありません。お金はありませんけど、資材や苗木はあるんで、あとは我々の知恵と工夫次第です。社長の指示があれば我々は動けます」
 早速、駐車場の波打っていたアスファルトの補修工事が始まっていた。
< 92 / 118 >

この作品をシェア

pagetop