紫の香りに愛されて ゆきずりのコンサルタントに依頼したのは溺愛案件なんかじゃなかったんですけど
 受付業務がなくなった南田さんは従業員の昼食の手配や外部との連絡といった裏方に回ってもらっている。
 私の方が何もできないのに従業員の皆さんからは『社長』と呼ばれている。
 だけど、照れくさいとか荷が重いなんて言ってる場合じゃなかった。
 自分で考えて自分で決断し、指示を出す。
 分からないことは聞いて理解しなければならない。
 レストランのリニューアル会議では、新メニューの試食が続いていて、お昼休みもない。
 既存のレストランはファミリー向けとして改装し、薔薇園奥の池の畔にプレミアム路線のレストランと、真宮ホテルのアフタヌーンティーを提供するカフェを新設する計画もある。
 玲哉さんが言っていた、わざわざ人が来たくなる『洞窟に隠された宝物』だ。
「社長、悠々苑のバス来ましたよ」
 南田さんがレストランのドアから顔を入れて私を呼ぶ。
「はい、今行きます」
 午後一番で近隣の老人ホームからモニター客を招待してある。
 花好きな人の意見を聞いた方がいいという玲哉さんのアドバイスで、いろいろなところに声を掛けているのだ。
 土壌改良工事で薔薇は少ししか残っていないけど、出荷用に栽培してあったインパチェンスやペチュニアなどの苗を利用して花壇を仮に作ってある。
 ラベンダーも大きな鉢ごとならべて見た目だけは華やかにしてみた。
 ゴルフ場の緩やかな傾斜を活かしたテラスからは、車椅子でも全体を眺めることができるとなかなか好評だ。
 ただ、現状ではバリアフリーと呼ぶにはほど遠い状態だったから、実際に遊歩道を車椅子で通ってもらって、どこを改良すべきか課題を洗い出しているのだった。
「今井さん、遊歩道の幅を車椅子が行き違えるくらいに広げたいんです」
「それだと今の二倍くらいになりますね」
「いえ、それよりもう少し広くしたいんですけど。すれ違っても余裕があるくらい」
「そんなにですか」と、今井さんが額に手をやって周囲を見回す。
「私、自分で車椅子に乗ってみたんです。そしたら、目の高さで薔薇の枝が飛び出してるところが結構あって、とげが刺さりそうで意外と怖かったんですよ。介護士の方々も結構神経を使ってるようでした」
「ああ、なるほど。立って歩いていると気がつかないものですね」
「ええ。ですから、単に行き違えるだけだと意味がないと思うんですよ」
「分かりました。植え替えた株が大きくなったら、その分、枝も邪魔になるでしょうからね。薔薇のトンネルはどうしますか?」
「それは一方通行にしても遊歩道で行き違えるので、計画通りで」
「そうですね。トンネルのアーチはあんまり幅広くすると構造自体を変えなくちゃなりませんからね。とりあえず遊歩道は設計をやり直してみます」
「お願いします」
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