紫の香りに愛されて ゆきずりのコンサルタントに依頼したのは溺愛案件なんかじゃなかったんですけど
 私が今井さんと相談している間に、南田さんは招待客のおばあさん達の相手をしてくれていた。
 ボリュームのある白髪をきれいにセットしたおばあさんが、車椅子から手をのばして薔薇の葉を撫でている。
「死んだうちの人ね、とってもいい人で、一生懸命働いて都内の便利なところにマンションを買って、いい暮らしもさせてもらったのよ。でもね、私はずっとお花を育てたくてね。本当は少し不便なところでもいいから庭付きの一戸建てに住みたかったのよ」
「へえ、そうなんすか」
「まあ、贅沢を言ったらいけないから、せいぜいベランダで鉢植えを育てたり、部屋に切り花を飾ったりするくらいで我慢してたのよ。なのに、老人ホームに入ってお花も飾れない生活を始めた途端に、こんなに広いお庭を楽しめるなんて、人生何があるか分からないわよねえ」
「えへへ、いいところでしょ」
「ホント、天国みたい」と、おばあさんが笑う。「でも、うちの人がいないから、まだあの世じゃないのかもしれないわね」
「おばあちゃん、薔薇の花持って帰ったらどうっすか」
「あら、いいの?」
「どうせ植え替えしちゃうんで、もったいないっすから」
 南田さんがエプロンから園芸ハサミを取り出しておばあさんに渡すと、少し戸惑いつつも、車椅子の横から身を乗り出すようにして枝に手を伸ばす。
 あまり力を入れなくても切りやすいバネのついたハサミだからお年寄りでも扱いやすいんだろう。
 パチンといい音がした瞬間、おばあさんの笑顔がほころんだ。
「ああ、うれしいわねえ。こんなふうに薔薇を剪定してね、来年はどんな花が咲くかしらなんて想像してみたかったのよね」
「そうなんすか。じゃあ、これおばあちゃんの薔薇にしちゃいましょうよ」
 と、言ってるけど、どういうことなのか、横で聞いている私にもよく分からない。
 困惑した表情を浮かべるおばあさんの隣にしゃがんだ南田さんがスマホを取り出してインカメラに切り替える。
「はい、おばあちゃんもピース」
 テヘペロ横ピースじゃないから。
「ほら、カワイイっしょ」
 小さな画面をのぞき込んだおばあさんが目を細めて微笑む。
「あら、ほんとね。これ自撮りっていうの?」
「そうっすよ。盛ったやつも見ますぅ?」
「盛るって何かしら?」
「ほら、こんなのっすよ」
 目の大きな猫とリスが薔薇の花を真ん中にして笑っている。
「あら、いいわねえ。夢の国みたいね」
「この薔薇園、いろいろ作り替えて花一杯になるみたいなんでぇ、また来てくださいよ」
「そうねぇ。楽しみねぇ」
 そんな二人のやりとりを見ていると、花好きな人が何語でしゃべってるのか分かるような気がした。
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