紫の香りに愛されて ゆきずりのコンサルタントに依頼したのは溺愛案件なんかじゃなかったんですけど
 家に帰ると、玲哉さんが用意してくれたおいしい夕食が待っている。
 ごちそうになりながら今日あった出来事を話すと、いろいろなアイディアを出してくれる。
「南田さんが言いたかったことはよく分からないが、一つの考えとしてはおもしろいな」
「どういうことですか?」
「薔薇園の花のオーナー組織を作るんだよ。苗木を買ってもらって、それを自分の花として薔薇園に植えて栽培はプロが代行するわけさ。定期的に花の開花状況をスマホに送ったりもできるだろ」
「貸し農園の薔薇栽培版みたいなイメージですか」
「その話のおばあさんみたいに、本当は庭いじりがしたくても住環境の制約でできない人はいるだろうから、潜在的なニーズはあるだろう。来園者に声をかけるだけでなく、老人ホームと提携してもいいし、ネットで世界から客を募ってもいい。やり方はいろいろ考えられるだろうな」
 できるかどうか、実際に流行るかどうかは分からないけど、やってみる価値はあると思う。
 お金はないとはいえ、知恵を絞れば可能性は見出せる。
 頼りになる相談相手がいれば、私も頑張れそうな気がした。
 食後のほうじ茶をいただいているときだった。
「実は今日買ってきた物があるんだ」
「え、なんですか?」
「いや、そんなにたいした物じゃないぞ。スーパーに買い物に行ったら入り口のところに並んでたんだ。で、ちょっと見てみたのさ」
 戸棚の横に隠してあったのは、細いグラスにささった一束のラベンダーだった。
「これを選んでくれたんですか?」
「うん、まあ、他にも何種類かあったんだが、どれがいいかなって考えてこれにしたんだ」
 と、いきなり目を泳がせながら強めに手を振り始めた。
「いや、べつに、本当に特別な意味なんかないからな。花言葉とかそういうのを勘ぐるなよ。ただなんとなくいいなと思っただけなんだ」
「ラベンダーの花言葉って何なんですか」
「いや、だから、本当に知らないんだって」
「ふうん、そうですか。でも、うれしいですよ。ありがとうございます」
「ああ、俺も、結構選ぶのが楽しかったんだよ。花を買うのが楽しいなんて、今まで知らなかったよ。実際にやってみないと分からないことってあるよな」
 またなんか回りくどい理屈をこねてる。
 私が帰ってきた時から、いつ出そうかってずっとタイミングを計ってたのかな。
 そんなことで迷うなんて、冷徹な経営コンサルタントらしくない。
 それが一番のサプライズだ。
「私のことを考えてくれたからじゃないんですか?」
「あ、まあ、そんなところだ」
 ちょっと照れくさそうに耳を赤らめるうちの旦那様はかわいいんですよ。
「不思議なものだよな」と、玲哉さんがしみじみとつぶやく。「花が一束あるだけで文字通り華やかになる」
 テーブルの上に、ラベンダーを置くだけで幸せな気分になる。
 なにもないはずの一日が記念日みたいになる。
「俺たちが売ろうとしているものは、花そのものでもあるし、そこに込められたいろいろな気持ちや体験なんだろうな」
 花そのものではない何か。
 それはとても大切なヒントのような気がした。
< 95 / 118 >

この作品をシェア

pagetop