紫の香りに愛されて ゆきずりのコンサルタントに依頼したのは溺愛案件なんかじゃなかったんですけど

   ◇

 世の中は八月になって夏真っ盛りだった。
 雨の日は玲哉さんが薔薇園まで車で送迎してくれる。
「車の免許を取るまでは遠慮するなって。俺も見ておきたいからさ」
 在宅ワークの夫にしてみれば、こうでもしないと車を運転する機会が夕飯の買い物だけになってしまうらしい。
 出資交渉は順調に進んでいて、来日して真宮ホテルで詳細を話し合った相手もいるらしい。
 お父さんにはスマホの連絡先を教えてある。
 メッセージによれば、真宮ホテルのブランド価値を最大限に尊重するという条件を提示したファンドとの契約を詰めているそうだ。
 お母さんには連絡していない。
 向こうから呼び出したければお父さんを通して連絡が来るだろうし、こちらからは話したいことはない。
 玲哉さんもそれでいいと言ってくれる。
「親子だからっていつまでも親に従わなければならないってことはないんだよ。普通は十代で反抗期があって、社会に出るにあたって自分の進路を決めるときに親とは無関係に決断をするんだろう。紗弥花にはそれがなかった。でもようやく自分で歩き出したんだ。悪いことじゃない。むしろ普通になったんだよ」
 車の中でそんなことを話しているうちに薔薇園に到着して、南田さんの車と一台空けて駐車する。
「あいかわらずだな。ていうか、パーツ増えてないか?」と、下をのぞき込む。「足回りも強化したのか。渋いな」
 私にはよく分からない用語を吐き捨てながら玲哉さんが事務所へ入っていく。
 あとについて入ると、傘立てに花柄の傘がさしてあった。
「おはざっす」と、雨の日でも南田さんは元気いっぱいだ。「今日はイケメンさんも一緒っすか」
「おはようございます。うちの夫です」
 玲哉さんが南田さんに丁寧な口調でたずねた。
「この傘は誰のですか?」
「それ、あたしのっすよ」
 傘立てから引き抜いていきなり広げる。
 水滴が飛び散ってとっさに飛び退いた玲哉さんだけど、なぜか興味深そうに歩み寄る。
 私は間に割って入ってかわりにたずねた。
「その傘、かわいいですね」
 全体に施されたモネの絵画のような明るい色合いの花柄に、ゴッホのヒマワリみたいに濃い色合いの花がアクセントになっていて、かなり個性が強い。
 自分では使おうとは思わないけど、モデルさんが持っていたら映えそうな傘だ。
「これ、笑っちゃうでしょ」と、肩に柄をのせて雨の日の小学生みたいに南田さんがくるくる回す。「あたしの友達が倉庫みたいなリサイクルショップで働いてるんですけどぉ、たまに潰れた会社の在庫とか大量に仕入れてきて売ってるんですよ。この傘も百円なんですけどぉ、元は美術館のショップとかで売るやつだったらしくてぇ、ちゃんとしたやつだから結構丈夫なんですよ。花柄とか派手すぎるんすけど、人のと違って目立つからコンビニとかでも持っていかれなくていいんですよ。全然売れないみたいですけどね」
 すると、玲哉さんが食い気味にたずねた。
「その傘、まだありますか?」
「あるんじゃないっすかね。全然売れなくて困ってましたからね」
「全部持ってきてもらえますか」
「マジッスか。五百本くらいありますよ。でも百円だから、売れてもバイトのお給料にもならないって」
「お店に電話して聞いてもらえますか?」
「いいっすよ」
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