紫の香りに愛されて ゆきずりのコンサルタントに依頼したのは溺愛案件なんかじゃなかったんですけど
 トラックの運転は今井さんに頼むことになって、南田さんと一緒に早速リサイクルショップへ行ってもらった。
「傘と造花って、何に使うんですか?」
 二人になってたずねると、玲哉さんは真面目な表情で答えた。
「傘は来園者に貸し出すんだよ」
「借りる人いるんでしょうか。お客さんは自分の持ってくるんじゃないですか?」
「そうじゃない」と、玲哉さんは欧米みたいなジェスチャーで両手を広げた。「園内ではあえてこの傘を使ってもらうんだよ。そうすれば、派手な色の花が咲いたみたいに見えるし、みんなが歩き回ることで、テラスから全景を見た時に景色が移り変わるみたいでおもしろいじゃないか」
 ああ、なるほど。
「雨の日は薔薇園にとって開店休業みたいになりがちだろ。そこをたとえばさ、『雨の日はあなたが花になる日』と銘打ってイベントにしたら、むしろ雨の日だからこそ来たいってお客さんのマインドを変えられるわけだ」
「街中ではちょっと目立ちすぎて恥ずかしい傘も、ここなら溶け込みますもんね」
「写真を撮るのも楽しくなるだろうさ」
 たしかにやってみたら面白そう。
「造花はどうするんですか。レストランの装飾ですか」
「それもあるが」と、玲哉さんは指を鳴らした。「あえて外に飾るっていうのはどうだ」
 え、なんでだろう?
「この薔薇園には花がない。だから造花で薔薇の株を飾るんだ」
「でも、本物じゃないって分かっちゃいますよね」
「近くで見たらな。でも、写真に撮るだけなら映えるだろ?」
 ――うーん。
 どうなんだろう。
 なんとも言えないかな。
 玲哉さんはスマホを取り出した。
「花の写真って難しいだろ」
 たとえば、と足下のペチュニアの花壇にカメラを向ける。
「花壇の見た目は満開だろ」
 たしかに、色とりどりの花で埋め尽くされているように見える。
 今井さんも、一時的に見栄えを良くするならこれに限りますからと言っていた。
「でもさ、ほら」
 見せられた写真は、花がまばらで土や葉っぱが目立つ。
「あれ、なんででしょうね」
「人間って、目で見た画像に、脳で感じた印象を補正するんだよ。だけど、カメラは写った物そのものだから、食い違いがあるんだ。だから、画面一杯に花があるように写したくても、実際はそんなに花が重なることはないから画面がスカスカになるわけさ」
 で、それでどうするんですか?
「ふつう、造花っていうのは屋内に飾るだろ。それをあえて屋外の自然光の下でたくさん重なるようにディスプレイするわけさ。そうすれば写真に撮った時に画面一面花だらけで、しかも色鮮やかになる。自撮りに最適な撮影場所だろ」
「来場者向けの記念写真専用スポットにするわけですね」
「そういうことだ。もちろん、本物の花も目で見て楽しんでもらうわけだけど、最初から盛った豪華な写真を撮りたい人にはお手軽でいいだろ」
 ああ、そういうことか。
 花好きな人には逆に考えつかないアイディアなのかも。
 本物があるのにわざわざ偽物を撮りたいなんて普通は思わないもんね。
 でも、見栄え重視の人にしてみたら、モデルさんになった気分で記念撮影ができる方がうれしいのかも。
 そういう写真が撮れる場所だと広まれば、それはそれで人を呼ぶ『宝物』になるんだろう。
 薔薇園のリニューアルは玲哉さんの狙い通りうまくいく。
 その時は私もそう確信していたのだった。
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