金曜日の角砂糖は溺れかけ
離れたくない
○空き地の出入り口
平が六花を見つけて走り寄り、六花を抱きしめる。
平「角砂糖っ!」
六花「平くん……!」
平「大丈夫かっ!?何もされてない?」
平が六花の顔を確かめるように見る。六花の頬が赤く腫れていて、眼鏡もいつもと違って汚れている。
平「角砂糖、その顔……っ!」
六花「私は大丈夫っ!でも羽奈さんは……っ」
平「!」
平が六花の向こう側を見て、表情を変える。その顔は今まで見たことがない怒りに満ちた顔で
、六花は少しビクッとしてしまう。
羽奈「黒崎」
出入り口に羽奈が立っていた。
平「……お前、何のつもりだよ」
平の声が低く、夜に響く。
羽奈「あんたが悪いんじゃん。あんたがあたしを選ばないから。そんな子を選ぶから悪いんじゃん」
羽奈が足を踏み出し、近づこうとする。女子達が空き地から出て来る。体を庇うような様子で、ケガをしている人もいる。
女子2「羽奈っ、もうやめなって!」
女子1「こんなことしても意味ないって!」
羽奈「うるせぇんだよっ!!裏切った奴がわーわー、横からわめくなっ!!」
女子1と2「っ!!」
羽奈が男子2を見る。まだ痛さに苦しんでいる。
羽奈「……使えねーな。邪魔なんだけど」
うずくまる男子2の背中を、勢いよく蹴る羽奈。痛さで、低くうなる男子2。
羽奈「黒崎、あたしね、絶対あんたのこと手に入れる。あんただってわかるでしょ?あたし達は共鳴できるって」
平「は?」
羽奈「あんたには、あたししかいないんだよ」
平「ふざけんな」
羽奈が嬉しそうな表情をする。
羽奈「そいつのことなんて、どうでもいいじゃん。あたしと来てよ。あたしと楽しくしよ?」
羽奈が近寄り、平の頬に触れようとする。平はその手を払いのける。
平「触んなっ」
羽奈「……」
空き地の出入り口から、男子達がやって来る。
男子1「わっ、お前、大丈夫かよ!?」
男子1が男子2がうずくまっている姿を見つけて、羽奈を見る。
羽奈「ねえっ!いいこと考えた」
羽奈が男子達に笑顔を向ける。
羽奈「黒崎 平とケンカして勝った奴と、あたし付き合ってもいいよ!」
男子達は顔を見合わす。
男子3「え?マジで?付き合うって、マジ?」
男子3は嬉しそう。
男子4「ってか、こいつが黒崎?黒崎 平?ガチで?」
男子達は平をジロジロ見る。
男子1「噂より弱そうじゃん!羽奈っ、こんな細っこい奴なんか楽勝なんだけどー。いいの?そんな約束してさー」
平「……」
六花「め、めちゃくちゃですっ!羽奈さん、やめて!」
羽奈「なんで?いいじゃん。黒崎がボコボコにやられたらさー、あたし、気持ちがすっきりすると思うんだー」
六花「何言って……!?」
羽奈「ずっと思ってた。黒崎があたしのものにならないなら、いっそのこと消えればいいのにって」
羽奈は平を見る。
羽奈「あたしのものにならないんでしょ?」
平は冷ややかな目で羽奈を見ている。返事するのも面倒だという目。
羽奈「あんたが一生笑えなくなるように、あんたの大事なその子、あたしが傷つけてあげる」
平「この子は関係ないじゃん」
平が六花を背中に隠す。
羽奈「嘘ばっかり。付き合ってるくせに。大事なくせに」
平「……」
羽奈「その子をボロボロにしたらさー、あたしに頭下げて、泣いて謝って、お願いしてもらうんだー」
羽奈は嬉しそう。
羽奈「『オレのことは好きにしてもいいから、この子は助けてあげて』って」
羽奈が大笑いする。
羽奈「あっは!待って、マジ気分良いっ!想像するだけでマジ最高っ!」
六花「っ!!」
羽奈「あー、おっかし!マジウケるー」
その時、走ってやって来たのは坂巻。
坂巻「おいっ、コラッ!!ちょっと待ったーーーっ!!!」
六花「坂巻くんっ」
羽奈の眉間にシワが寄る。
羽奈「坂巻ぃっ、あんたには関係ないじゃん。引っ込んでてよ」
坂巻「関係ないのはりっちゃんだろ!?ってか、お前の失恋にみんな巻き込まれてるだけじゃん!!」
羽奈「は?失恋?」
坂巻「こんなに大勢を引き連れなくっちゃ、平の前に出られないの?ダセーな、お前」
羽奈「あ?マジでその言葉、あんたに返すわ」
羽奈が坂巻の背後に視線を移す。たくさんの人が坂巻のあとからついて来る。
坂巻「……お前とは違う。オレはちゃんとわかってる」
羽奈「は?」
坂巻「自分がそれほど人に好かれてないことも、信用されていないことも、オレはわかってる!羽奈、お前は自分を過大評価してる」
羽奈「マジうざいっ、語ってんじゃねー!」
女子達が顔を見合わせる。
女子1「……羽奈、その子につきまとうのはやめよう?」
女子2「ちゃんと現実を見てよ。もうあんたが黒崎の心に入る余地なんか無いって」
羽奈「ふざけんなっ!」
女子4「羽奈っ!!いい加減にしてっ!!」
羽奈「マジ黙れっ!!放っておいてよおぉっ!!」
女子3「放っておけないよっ!!」
羽奈が涙を流す。駄々っ子のように、地団駄を踏んでいる。
平「……羽奈」
羽奈「っ!!こっち見てんじゃねーーっ!!」
平が羽奈のほうへ一歩、踏み出す。それを見た坂巻は、連れて来た仲間達にタイミングを測るように目配せする。
平「……ごめん」
平の静かな声。
羽奈「何だよっ!!マジふざけんなっ!!」
羽奈が平の襟元を掴み、平手打ちをする。
平「……オレ、羽奈が望むことをひとつも叶えられない。してほしいことも、言ってほしいことも、オレはしないし、言わない」
羽奈「はあっ!?何だよっ!!マジでっ!!」
平「でも、頼むからさ。この子のことは傷つけないで」
平は六花をチラッと見る。
平「大事なんだ」
六花(……っ!)
羽奈の顔が苦しそうに歪む。
羽奈「なんで?なんで黒崎のそばに、そんな子がいられるの?」
平の胸を力無く叩く羽奈。その腕を平が掴み、おろす。
平「そうじゃないよ。……オレがこの子のそばにいたいんだ」
六花(平くん……)
羽奈「え?」
羽奈をまっすぐに見る平。
平「だからオレ、この子のそばにいられるような人間になりたいんだ」
羽奈の瞳が哀しく揺れ、その場にしゃがみ、また泣き始める。女子達が羽奈を連れて、空き地に戻って行った。後ろで話を聞いていた男子達がシラけた顔をしている。
男子1「グダグダ話してんじゃねーぞっ!お前に勝ったら、オレらには羽奈が手に入るんだよっ」
男子1が平に近寄り、襟元を掴む。拳を振りかざすものの、動きが止まる。
男子1「……っ!!」
男子1は平の目を見たまま掴んだ襟元を離し、後ずさる。
男子4「何やってんだよっ!?」
男子1「……オレ、無理だ」
男子3「は?」
男子1の手が震えている。
坂巻「……平、お前はケンカすんなよ」
平「何もしてないし」
坂巻「どうだか」
男子3「オレはやるっ!羽奈と付き合うっ!」
坂巻「お前らの相手はオレらが引き受けたっ!言っとくけど、容赦しないからな!」
坂巻の後ろに控えた連中も、すごみのある表情で一歩前に出る。
坂巻「みんな、平のためならケンカ上等な奴らだからさ。ここはオレらに任せてよ」
坂巻は平の肩をポンッと叩く。
坂巻「早くりっちゃんのこと、安全な家に帰してやんなよ。お前だってもう不良じゃないんだし、家帰って勉強でもしてなよ」
平「お前は?」
坂巻「オレはいいんだよ。知ってるだろ?オレが友情にアツいヤンキーだってさ」
坂巻が笑う。平は笑わず、でも大きく頷く。
平「……ごめん。任せた」
平が六花のそばまで行き、手を握る。
平「行こう」
頷く六花。
男子3「待てよっ、てめー!逃げんなっ!」
背後から唸る声を聞きながら、六花は平とかけ出した。
○佐藤家の玄関前
ウロウロと玄関前にいる父親。帰って来た六花と平を見つけ、血相を変えて歩み寄る。
六花の父「……何をしていたんだっ!!」
大声で怒鳴りつける父親。ビクッとする六花。
平「すみません、オレのせいです」
平が六花を庇うように前に立ち、頭を下げる。
六花の父「誰なんだ!?こいつは!?」
六花「大事なお友達です、こいつなんて言わないでくださいっ」
平「黒崎 平っていいます」
六花の父「黒崎?さっき、お前の家に行ったぞ!?やっぱりあの家に六花がいたんじゃないかっ」
六花「違うっ、違います」
六花が一歩前に出る。そのことで街灯に照らされ、六花の赤く腫れた頬を父親が見つける。
六花の父「なっ!?六花っ!!どうしたんだ、その顔!?」
六花「これは……」
父親は平の胸ぐらを掴む。
六花の父「殴ったのか!?お前、オレの娘を殴ったんだな!?」
六花「違うっ!平くんじゃないっ!」
六花の父「ふざけるなっ!!」
父親が平を殴る。
六花「っ!!平くんっ!!」
平は黙ったまま、再び頭を下げる。
平「オレのせいなんです、すみませんでした」
父親は怒りで顔が真っ赤になっている。
六花の父「二度とうちの娘と関わるなっ!!二度と、その顔をオレに見せるんじゃないぞっ!!」
六花「やめてっ!!お父さんっ、平くんのこと誤解しないでっ!!助けてくれたのにっ!!」
平のそばにいる六花の腕を引っ張り、父親は六花を強引に家の中に入れる。
六花の父「帰れっ!!!」
平に向かって大声で吐き捨て、玄関のドアを乱暴に閉める父親。夜道にひとり残された平。誰もいない玄関に向かって、もう一度深く頭を下げる。
○翌日、金曜日の県立N高等学校の昇降口(朝)
疲れた顔で、キョロキョロ辺りを見回す六花。手にはスマートフォンを持っている。
六花(もう来る頃なのに……)
スマートフォンを見る。送信したメッセージに、平からの返信は無い。
坂巻「……りっちゃん」
坂巻がやって来た。六花は坂巻のもとへ近寄る。
六花「昨日はありがとうございました、大丈夫ですか?」
坂巻「まぁ、ケガってほどのことはないかな」
力無く笑う坂巻。口の端が切れていて、頬には痛々しく殴られたあとがある。
坂巻「りっちゃんは大丈夫だったの?」
六花「……坂巻くん、ごめんなさい」
坂巻「何が?」
六花「せっかく忠告してくれていたのに、私……」
坂巻「うん。でもさ、仕方ないって。りっちゃんが気に病むことないよ」
坂巻は下駄箱に移動して、上靴に履き替える。
坂巻「これから職員室」
六花「えっ」
坂巻「……平がそうしようって。ケンカしたこと、ちゃんと言おうって」
六花「でも、おふたりは悪くないですっ!それなら私も……」
平「六花はいいんだよ」
いつの間にか平が後ろに立っていた。平も上靴に履き替えた。
六花「平くんっ、あのっ」
六花が話しかけたけれど、平はまるで無視するかのように、坂巻に話しかける。
平「行こう、坂巻」
坂巻「うん」
六花(えっ……)
平と坂巻は職員室へ歩き出す。ふたりの背中を見ている六花。
○一年三組の教室(昼休み)
男子生徒Aが嬉しそうに教室に入って来る。
男子生徒A「聞いた!?黒崎のやつ、ケンカしたって!やっぱヤンキーだなっ!」
教室内がざわめく。
男子生徒B「違うクラスの……誰だっけ?名前知らないけど金髪のやつと一緒にって話だろ?」
男子生徒A「そうそう!あいつら、停学とかになんのかな?」
六花は教室のすみっこで、かっしーと顔を見合わせる。
かっしー「ねぇ、知ってた?六花ちゃん」
六花「……あの、……はい。実は知っています」
かっしー「え?そうなの?本当のことなんだ」
六花「でも、違うんです。平くんも坂巻くんも、悪くないんです」
六花は頬を無意識に触る。昨夜に冷やしたおかげでもう腫れがひいて、見た目には平手打ちされたとはわかりにくくなっている。
かっしー「……まぁ、なんか事情があるんだろうけど、ケンカは良くないからなぁ」
がやがやと教室内で、平の悪い噂話が飛び交う。
六花(違うのに……)
六花は悔しい気持ちいっぱいになる。教室の真ん中、輪の中で男子生徒Aが嬉しそうに笑う。
男子生徒A「あいつ、学校にいらなくね?停学じゃなくて、退学処分とかになんないかな?」
六花「っ!!」
申し訳なさと腹立たしさがないまぜになった気持ちで、勢いよく席を立つ六花。教室内がしんっとなり、六花を注目する。六花は男子生徒Aを険しい表情で見る。
男子生徒A「……なんだよ!?」
六花「いらなくなんかないです」
男子生徒A「は?」
六花「いらなくなんか、ないっ」
男子生徒B「ほら、佐藤さんって黒崎と仲良いんじゃん?」
男子生徒A「え?そうだっけ?」
女子生徒A「そうだよ、少し前に佐藤さんのこと、保健室に連れて行ったじゃん。黒崎くんが、わざわざっ!」
男子生徒A「あー……、そっか。付き合ってるんだ?ふたり」
クスクス笑う教室内。
かっしー「……男女が仲良くしてたら『付き合ってる』って……単純だよね」
女子生徒A「は?」
かっしーも席から立つ。
かっしー「いや、別に。そういうふうに人の悪口や噂してる時だけ、キラキラしてるんだよね?」
嫌味たっぷりな口調で言ったあと、かっしーは六花と教室を出る。教室からは女子生徒Aや、男子生徒A とBが中心になり、「はぁー?何あれ!?」「ムカつくんだけど!!」などと、怒った声が聞こえてくる。
六花「かっしー、カッコいいです」
かっしー「いや、私だって腹が立つから。黒崎くんはあんなふうに言われるほど、悪い人でもないし」
六花「良い人ですっ」
かっしー「うん。明日から教室には行きにくくなるけどね」
六花「確かに」
かっしー「でも私には、六花ちゃんがいる」
六花「はいっ!」
かっしーが笑顔になる。六花も笑顔になる。
○黒崎家に向かう途中の道(放課後)
スマートフォンが振動し、立ち止まる六花。画面を操作して、メッセージを開ける。
平からのメッセージ《ごめん、ごはん会はしない》
六花「え?」
返信を打とうとしている間に、また平からメッセージが届く。
平からのメッセージ《もう放課後に会うの、やめよう》
六花「えっ!?」
六花のメッセージ《どうしてですか?》
平からのメッセージ《オレといないほうがいいんだよ》
六花は驚きとショックでスマートフォンを落としそうになる。
六花(なんで、やだっ!やだよ!!)
六花は震えてくる指先で、メッセージを打つ。
六花のメッセージ《そばにいたいんです》
《私は、あなたから離れたくないです》
その場に立ったまま、平からの返信を待つ六花。でも平からの返信はいつまで経っても来なかった。