金曜日の角砂糖は溺れかけ
力になりたいから

○月曜日、県立N高等学校の校門前(朝)

ぼーっと歩いている六花。

六花(どうしたんだろう?平くん)
(あの時、泣いているのかと思った)

ふいに抱きしめられたことを思い出してしまう六花。顔が真っ赤になる。

六花(いやいやいや、あれは!平くんにとって友情のハグ!!)

平の『好きだよ』という言葉を思い出す六花。
顔から火が出る勢いで、さらに赤くなる。

六花(違う、ちがう!野球が好きって言ってたじゃん!!野球だよ!!野球!!)
(でも……)
(抱きしめられた時、私)

立ち止まる六花。

六花(本当は、ドキドキして、嬉しかった……)

坂巻「りっちゃーんっ!」
六花「ひゃい!!」

驚き、焦ったあまりに変な返答をする六花。

坂巻「?なんだよ、『ひゃい』って。ウケる」
六花「ウケないでください……」
坂巻「りっちゃん、顔が赤いけど」
六花「気のせいです」
坂巻「そうかな?なんか可愛く見えるけど」
六花「かっ、可愛い!?」

驚く六花に、坂巻は笑顔になる。

坂巻「りっちゃん、そういう反応するとますます可愛いよ」
六花「〜っ、からかって『可愛い』とか言わないでください」
坂巻「なんで?オレに言われてもときめかないから?」
六花「?どういう意味ですか?」
坂巻「いやー、わかるでしょうよ。平に言われないと、りっちゃんはときめけないんだって話じゃん」
六花「えっ!?」

大袈裟にため息を吐く坂巻。

坂巻「あ〜ぁ、女子ってさー、平のことばっかりだよね。そんなにイケメンが好きかと聞きたい」
六花「……いや、あの……」
坂巻「バレバレだからね、りっちゃん。言い訳無用。でもさ、ちょっとだけ忠告してもいい?」

坂巻が立ち止まる。六花もそれに気づき、立ち止まる。風が吹いて、坂巻の金髪が揺れる。

坂巻「平のことを好きなら尚更、気をつけてほしいんだ。今、りっちゃんのことをかぎ回ってる奴がいるから」
六花「はい?」

坂巻が六花に近寄り、耳打ちするように声を落とす。

坂巻「……平に恨みを持ってる奴がいるんだ。なんか企んでるかも。りっちゃんさ、平と一緒にいるところを見られているみたいだよ」
六花「えっ」
坂巻「気をつけてね。あんまりひとりで行動しないほうがいいかも」
六花「それって、私よりも平くんが危ないんじゃ……!?」

六花が不安そうに坂巻を見る。坂巻は目を大きくして、驚いた表情。

坂巻「……りっちゃん、自分より平の心配をするんだ?」
六花「え?」

坂巻の口角が上がる。

坂巻「りっちゃん、最高だなっ」
六花「え?」
坂巻「あ〜ぁ、いいなぁー!オレだって、こんな可愛い子に心配されたいし」
六花「坂巻くんは誰でもいいから心配してもらいたいように見えますが」

坂巻が「ぷふっ」と噴き出し、大笑いする。

坂巻「厳しいなぁ、りっちゃん」
六花「……そうでしょうか?」

六花も笑顔になって、ふたりで笑う。その時、六花の手が、ぎゅっと誰かに握られる。

六花(えっ!?)

その手を見て、その顔を確かめる。そこには平がいた。

平「ごめん、坂巻」
坂巻「え?平?」
平「行こう、六花」
六花「平くん!?」

スタスタと六花の手を引いて、歩き出す平。頭の上にクエスチョンマークを浮かべつつ、ついて行く六花。そんなふたりをポカンと見ている坂巻。

坂巻(……いいなぁ、青い春ってこんなにまぶしいんだなぁ)



○県立大高等学校、裏庭

ずっと手を繋いだままのふたり。上靴にも履き替えていない。

平「角砂糖さぁ、坂巻と仲良しなわけ?」

それには答えず、六花は赤い顔をして繋いだ手を見つめている。その視線を追って、手を繋いでいることに今更ながら照れて、パッと手を離す平。

平「ごめん」
六花「いえ、私は……別に……(だんだん小声になる)」

しばらく黙るふたり。沈黙を破ったのは、平。

平「……角砂糖はさ、坂巻のこと、どう思う?」
六花「どう思う?……よくわからない人です」
平「え?」
六花「あまり知らないので。知っていることだけで答えると、薄っぺらい答えになるのですが」
平「うん」
六花「坂巻くんは、平くんのことが大好きな人だと思います」

平がきょとんとする。

平「……え?」

六花は構わず続ける。

六花「平くんのことがおそらく大好きなんだろうな、と思います。それ以外は、からかってきたり、冗談言ったりしてるけれど、良い人なんじゃないかなと思っています」

平が笑顔になる。

平「角砂糖ってさ」
六花「はい」
平「予想の斜め上から攻めてくる時あるよな」
六花「な、斜め上?」

平が楽しそうに笑う。

六花(よくわかんないけど、まぁ、いっか)

平が設置されているベンチに座る。

平「サボる?」
六花「え?」
平「オレと一緒に授業、サボってみる?」
六花「……それは、いけないことです」
平「うん。そうだよな」
六花「でも」

六花も平の隣に腰掛ける。

六花「私、実はずっと気になっていたんです。平くんは授業をサボっている時、どうしているのかなって」
平「え?」
六花「今、隣で。その謎を、解明出来るんですね」

六花がにっこり笑う。その笑顔に少し赤くなる平。ため息を吐く。

平「はぁー、本当もう……」
六花「?どうしましたか?」

平は少しすねたような表情を見せる。

平「わかんなくていいよ」
六花「えー?」



○裏庭(一時間目の授業中)

ベンチにふたりで座っている平と六花。そよそよと風が吹いている。

六花「もう、風があついくらいですね」
平「6月も、もう下旬だもんなー」
六花「いつもこんな感じなんですか?」
平「何が?」
六花「授業をサボっている時。風を感じてるんですか?」
平「あはっ、ううん。スマホいじったり、寝てたりするかもなぁー」

その時、平がくしゃみをする。

六花「誰かに噂されていますね」
平「あー、教室の中とか?」
六花「平くんは目立っていますから」
平「そう?でもあんまり良いようには目立ってないし」

またくしゃみする平。

六花「大丈夫ですか?」
平「え?うん。ただのくしゃみ。ごめん、ごめん」

平のスマートフォンの振動音が聞こえる。画面を見ると、新着のメッセージ。

素直からのメッセージ《今日は友達とバレーボールの練習をしてから帰るから、ちょっと遅くなる!》

六花「平くん、笑ってません?」
平「あー、ごめん。嬉しくて。メッセージ、なおから」
六花「仲良しですね」
平「なお、友達とバレーボールの練習するってさ。帰りが遅くなるって。良かった、良かった」
六花「?」

平が《OK》とだけ打ってメッセージを送信する。

平「あいつさ、友達とワイワイ遊んだり出来なかったんだ。遊んでいた友達は母親が待ってる家に帰るって思うと、寂しくてつらかったんだって。自分は誰もいない家に帰るわけだし」
六花「……わかります」
平「そういうこと、オレや父さんには言えなかったんだろうな。でも限界を迎えて、暗い部屋の中で泣いてた」
六花「そうだったんですか」
平「なおの小さな体が震えててさ、オレもつらかった」

六花は黙って、平の話を聞いている。

平「……あいつの笑顔を、オレが守らなくちゃって思って。まっすぐ家に帰って、キッチンに立つようになったんだ」
六花「素敵です」
平「ん?」
六花「私、お二人を見ているとうらやましくなります。お二人ともお互いを大事にしていて、かけがえのない存在なんだろうなってわかるから」

平は笑顔になる。

平「角砂糖だって、きっとそうだよ」
六花「え?」
平「つらいことを言われても、悲しい気持ちになっても、かけがえのない存在には変わりないだろ?」
六花「……お父さんと、お母さんですか?」
平「すれ違っている時ってつらいよな」
六花「はい」
平「そういう時は金曜日じゃなくてもいいから、うちに帰って来いよ」
六花「……っ!」

六花(いいの?)
(平くん、そんなことを言われたら……)

六花「また泣いてしまいそうです」
平「あはっ、角砂糖は泣き虫だもんな」



○金曜日、県立N高等学校の一年三組の教室(昼休み)

六花の席に近寄るかっしー。

かっしー「六花ちゃん、知ってる?」
六花「?」
かっしー「黒崎くん、早退したよ」
六花「えっ!?」

六花は驚きのあまり、手に持っていたエコバッグから、コンビニエンスストアで買った菓子パンを落としそうになる。

かっしー「知らなかったかぁー。あの人、いつも授業出たり出なかったりだから、わかんないよね」
六花「どこか具合が悪いんですか?」
かっしー「そうなんじゃない?さっき、職員室に用事があって行って来たら、真っ赤な顔をした黒崎くんがいたよ」
六花「熱があるんでしょうか?」
かっしー「多分。『帰るの?』って言ったら、『あとで六花にメッセージ送るって伝えて』って言われたんだ」

スマートフォンを取り出す六花。

六花「何も来てないです……」
かっしー「また来るよ、多分。なんかつらそうだったから、ちょっと心配になるね」

六花(そういえば月曜日、一緒に授業をサボっている時、平くんはくしゃみをしてた)
(あの時から、本当は体がつらかったのかな?)
(私、体調不良に気づいてあげられなかった……)



○一年三組の教室(放課後)

自分の席に座って、スマートフォンを見ている六花。

六花(平くんからメッセージが来ない……)
(大丈夫なのかな?)

その時、メッセージが来る。慌ててタップする六花。

平からのメッセージ《SOS!》

六花「えっ!?」

六花の驚きの声に、前の席に座るかっしーも驚き、振り返る。

かっしー「どうしたの?」
六花「かっしー、私、ちょっと行ってきます」
かっしー「え?どこに?」
六花「では、お先に失礼します!さようなら!!」

手早く荷物をまとめて、六花は教室からかけ出す。ひとり残ったかっしーは、ポカンとした表情。

かっしー「……え?」



○黒崎家の玄関(放課後)

玄関チャイムを鳴らす六花。

素直『あっ!師匠!』
六花「素直くん、入ってもいいですか?」
素直『うん、入って来て!』



○黒崎家のリビング

六花がやって来ると、素直がキッチンから顔を出す。

六花「あの、平くんから『SOS!』ってメッセージが来て」
素直「兄ちゃんが?」
六花「それでその、平くんは?」
素直「二階で寝てる!オレが学校から帰って来た時に体温測ったら三十八度だった」
六花「高熱じゃないですか」
素直「うん、それで風邪引いた人の看病ってさ、何をすればいいんだろう!?」

素直の問いかけに、あごに手を当てて考える六花。

六花「……えっと、わか、わかりません!!」
素直「だよね!?オレも!!」
六花「あ、でも、おでこを冷やすとか!?」

素直がキッチンに六花を連れて行く。

素直「オレもそう思って、とりあえず氷作って、おしぼりみたいなやつ用意した!」
六花「すごいです、素直くん!!」

ふたりで氷水とおしぼりを持って、二階に上がる。

素直「兄ちゃんの部屋、ここ」
六花「あ、はいっ」

少しだけドキドキする六花。

六花(ダメ、今はドキドキしている場合じゃないから!)

ノックして、平の部屋のドアを開ける素直。キレイに整頓された部屋のすみで、ベッドの中、真っ赤な顔をして寝ている平。マスクをしている。

素直「兄ちゃん、大丈夫?」
平「うん……」
素直「師匠が来てくれたよ」

平が目を開けて、六花と素直を見る。ぼんやりしていた目が、はっきり、大きな目に変わる。

平「ふたりとも、マスクして!風邪うつる!」
素直「あ、そっか」
六花「なるほど、忘れていました」
平「なお、マスクある場所わかる!?角砂糖にも渡して!」

素直は頷き、一度部屋を出て行く。ふたりになった六花と平。

六花「平くん、あの」
平「角砂糖、今はしゃべんな。マスク付けるまで待って」

六花は頷き、黙る。素直がマスクを持ってやって来る。二人ともマスクを付けた。

六花「あの、平くん。おでこ冷やしますか?素直くんが氷を作ってくれていたので、冷たい氷水があります」
平「うん……、ごめん」
六花「謝ることは何も」

氷水に浸して絞ったおしぼりを、平のおでこに乗せようとする六花。

六花(わっ……)

平の前髪をかきあげた時の、指に触れるサラサラな髪に驚く六花。

平「角砂糖、頼んでもいい?」
六花「何ですか?」
平「素直のごはん……、オレ、今日は作れないから」
六花「はい、頼まれました!」

そばにいた素直が、首を振る。

素直「オレのことはいいから、師匠、兄ちゃんのそばにいてあげて」
六花「はい、それも頼まれました!」

力強く頷く六花。



○近所のスーパー

素直と一緒に足早に入店する六花。

六花「買い物は迅速に!」
素直「兄ちゃんだけで大丈夫かな?」
六花「信じましょう!でも早く帰るつもりで!」
素直「うん!」

おでこを冷やすシート、ペットボトルの水を数本、カップのアイスクリームをいくつかなど、思いつく限り商品を買い物カゴに入れていく六花。

六花「あ、平くんのごはん」
素直「……師匠、おかゆって作れる?」
六花「おかゆ、おかゆですか……」

六花(インターネットで調べれば何とかいける?でも……)

六花「素直くん」
素直「何?」
六花「先に謝ります、ごめんなさい。今日はスーパーのお力に頼ります」
素直「?」



○黒崎家、リビング

ローテーブルにはコロッケとプチトマトが載ったお皿、グリーンサラダの上にしらすが載った器、コーンの入ったスープ、白米が並ぶ。

素直「いただきます、師匠っ」
六花「はいっ、ごめんなさい!」
素直「そんなに謝らなくっても大丈夫なのに」
六花「でも……全てお惣菜やレトルトのものを買って来て、お皿に盛り付けただけですので」
素直「美味しいよ!」

素直はしらすとグリーンサラダを混ぜて、ドレッシングをかけたものを口に運ぶ。

素直「兄ちゃん、大丈夫かなぁ?」
六花「大丈夫ですよ。平くんは良くなります」
素直「……うん」


○平の部屋

おかゆと水を載せたトレイを平のベッドのそばにあるおしゃれなベッドサイドテーブルに置く六花。

六花「あの、食べられますか?」
平「……う、うん」

平が赤い顔のまま、ベッドの上で上半身を起こす。

平「ごめんな、角砂糖。本当は心配すんなっていうメッセージを送るつもりだったのに、結局は頼っちゃって。昼間に父さんにも連絡したから、多分すぐに帰って来るとは思うんだけど」
六花「大丈夫です。それまでここにいますね」
平「……おかゆ、作ってくれたんだ?」
六花「……」

平が食べやすいように、トレイを寄せる六花。

平「いただきます」

スプーンを持った平。

六花「あのっ」
平「ん?」
六花「ごめんなさいっ!おかゆ、作ってません」

頭を下げる六花。

六花「それ、レトルトです。電子レンジで温めただけです」
平「うん」
六花「私、うまく作れる自信がなくて。平くんに美味しいおかゆを食べてもらって、早く元気になってほしかったから」
平「うん」
六花「ごめんなさいっ」

平はマスクをほんの少し下げて、笑顔を見せる。

平「何言ってんだよ、謝んなって。角砂糖の気持ち、嬉しいよ。ちゃんとオレのこと考えて、作ってくれてるじゃん。レトルトでも、手料理でも、想いがこもっているごはんに変わりはないよ」

平はマスクをとって、食べ始める。そんな平を見て、六花は感激する。

六花(……あぁ、好きだなぁ)
(この恋心に、私)
(溺れそうになってる)

平「角砂糖、ごちそうさまでした」
六花「食べられて良かったです」
平「……食べるよ。角砂糖が作ってくれたんだし」
六花「っ!」

平の赤い顔が、さらに赤くなる。六花も真っ赤な顔になり、それを見た平が笑顔になる。

平「あはっ、角砂糖の顔、真っ赤」
六花「〜〜〜っ、平くんだって」

六花(いつか、ごはんを作れるようになったら)
(平くんに食べてもらいたいな)

ふと、平のおでこに貼っていた冷たいシートがはがれる。

六花「あ、新しいものに貼り替えましょう」

平に近づき、おでこを触る。

六花(まだ、熱がある)

シートを貼ろうとして、もう少し近寄る六花。その時、ハッとする。平の顔が間近にある。

平「角砂糖」
六花「あの、あの……」

じっと六花を見つめる平。熱のせいか目が潤んでいて、どこか色気がある。そんな平の目から、六花も目を離せずにいる。突然、部屋のドアのノック音がする。

黒崎家の父「平、大丈夫か?入っていい?」

平は六花の手からシートをゆっくり受け取り、視線を外す。

平「父さん、おかえり。入って」

部屋に入って来る黒崎家の父。六花を見つける。

黒崎家の父「あ、佐藤さん。来てくれていたんですか」
六花「あ、はい。お邪魔しています」
平「オレが呼んだんだ」
黒崎家の父「平が?」

少し驚いた表情を見せる黒崎家の父。

黒崎家の父「佐藤さん、ありがとうございます。息子達がお世話になりました」
六花「いえ、そんな!……では、私はこれで帰ります」
黒崎家の父「送りますよ」
六花「大丈夫です。あの、平くんのそばにいてあげてください。まだ熱があるから」

部屋を出ようとする六花。

平「……角砂糖」
六花「はい?」
平「ありがとう」

六花は笑顔で頷き、部屋を出る。



○最寄り駅までの道

夜道をひとり歩く六花。

六花(ドキドキした……)

暗い夜空に向かって息を吐く六花。

女子「ねぇ」

背後からいきなり声がして、驚いて振り向く六花。明るいピンク色に染めたロングヘアの、見たこともない女子が立っている。六花と同年代に見える。

六花「あの……?」
女子「あんた、黒崎 平の何?」
六花「え?」

六花を思いっきり睨む女子。

六花(え?何?)
(どういうこと!?)

六花はそのまま、女子の厳しい視線を受けつつ、混乱した頭で立っていた。



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