君と過ごした世界は、どうしようもなく暖かい
冷とはその出会いを境に徐々に仲が深まっていた。

彼女と過ごす時間は僕にとって体中がやさしく柔らかに溶けてゆくようなそんな幸せな時間だった。

透き通っていて少し控えめな笑い方。
いつもより砕けたあどけなさの残るその笑顔は子供の頃の面影を感じさせる。

顔の力が抜けてへにゃっと顔を緩ませて微笑む表情。
寂しい時に無理に笑う癖。

本当は楽しい事が大好きでたまにはしゃぐと、いつもの何倍も大きな声をだすところ。

君は知らないだろう。

一つ一つの行動や言動を僕がどうしようもなく愛おしいと思っていることを。

君を想うこの感情だけは、僕がいなくなったとしても残ってほしいと思ってしまう。

水族館で冷が言った言葉を思い出す。

「クラゲがいなくなっちゃってもちゃんと覚えていたいな」

我ながらクラゲの死に方という嫌な話題をだしてしまったと後悔していた。

でも、彼女の返す言葉はどうしようもないほど素直すぎた。

正直あの時、自分とクラゲを重ねていた気がする。

いっそのこと溶けていなくなってしまえたのならどれほど良かっただろうかと。

彼女にとっては何ともないことなのかもしれない。

でも僕はそのたった一言が今も心に残っている。

最初は死んでしまってもいいと思っていたのに。
君に最後に会えるだけでいいと思っていたのに。

人間というのは強欲なものだなとつくづく思う。

冷と会って話す回数が増えれば増えるほど、切なさが募っていく。叶うはずもないのにまだ君と過ごしていたいと思ってしまった。

「ははっ…ほんと、往生際が悪いよ」

冷との電話を終えてから、今までの記憶が胸をかすめる。
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