サイコな機長の偏愛生活(加筆修正中)
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入念に手洗いした彩葉と小川。
手術室のドア横下部の光センサーに足先を翳し、ドアが開くと中のスタッフが一斉に入口へと視線を向けた。
無言の圧力とも言える雰囲気。
失敗は許されない。
常に最善を尽くし、患者を助けなければならないのだから。
ガウンを羽織り、手袋を嵌める。
視線の先に捉えた時計は、十七時五十三分を示していた。
「タイムアウトを」
カチャカチャと器具を準備するオペナースの手も止まり、麻酔科医の長谷も彩葉に視線を向ける。
手術前の最終情報共有をする為だ。
読み上げられた情報に間違いが無いか全員で確認し、意思疎通を図る。
全員の了解を得た彩葉は、フゥ~と大きな深呼吸をした。
「これより、大動脈瘤に伴う人工血管置換術を行います。場合によっては、大動脈弁置換や冠動脈・分枝の再建を要しますので、宜しくお願いします」
彩葉の掛け声でその場にいるスタッフ全員の表情が引き締まる。
患者の年齢が六十八歳ということもあり、動脈硬化による血管の状態が良くないからだ。
「では、始めます。……メス」
彩葉の右手に乗せられた滅菌されたメス。
素早き手さばきに小川の眼が大きく見開く。
「ペアン(止血鉗子)」
小川が彩葉の指示で止血箇所にペアンを装着する。
「メッツェン(先端が尖り曲がったメス)」
真剣な表情で彩葉はルーペ越しに心臓の状態を確認する。
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「環先生、お疲れさまでした」
「お疲れさま~」
手術室を後にし、医局へと戻る彩葉。
結局、硬化による血管の状態が悪く、大腿部から静脈を採取し、それを縫合する手術までこなした彩葉は、もはや体の限界とも思えるほど、疲労困憊状態である。
手術室から医局までの道のりが、途方もなく遠くに感じた。