サイコな機長の偏愛生活(加筆修正中)
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彩葉と交換研修医の彼との現場を目撃した、あの日。
結局自宅には帰らなかった。
帰る自信が無かったというのが正しいが、面と向かって話し合う勇気が無かった。
深夜まで会社の自室で呆然と過ごし、その後は羽田空港直結のホテルに宿泊した。
いい歳して、逃げるような態度しか取れない自分が情けない。
けれどそれだけ、ショックが大きくて。
彼女の心変わりに何故気付かなかったのか。
俺の愛情が足りなかったのか。
俺よりも奴の方が魅力的だったのか。
脳内を物凄い速さでぐるぐると交錯し、結局答えが見つからぬまま夜が明けた。
九時前に出社し、酒井に無理な出張を組ませて、一旦着替えを取りに自宅へと戻った。
リビングテーブルに置手紙を残す。
寝室奥にあるウォークインクローゼットに入ると、チェストの扉が視界に入る。
その中には、正式に准教授に任命された時にプレゼントしようと思って用意しておいた『ピアス』がある。
普段、彼女が開けたりしない場所にしまってあって、いつその日が来るのか、楽しみにしていたのだ。
「はぁ……」
無情にも溜息が零れ出す。
もっとしつこいと思われるくらい、愛情を示せばよかったのかもしれない。
けれど、三十五歳にもなると、無意識に感情がセーブされる。
理性というよりも、体裁を気にしてなのか。
気付くと、いつも小さな後悔の連続で。
十代、二十代の頃のように、思うままに生きていた頃が懐かしく思えるほど。
まだ若い彼女は、感情のままに行動したとしても責めるつもりは無い。
俺が、もっとしっかりと彼女を抱擁力で包み込んであげれば済むだけなのに。
仕事を理由に、彼女を疎かにした。
いや、本質は違うな。
『愛されているから』と驕りがあった。
だから、少しくらいかまけてもこれくらいならと、慢心していた。