彼氏がヒミツにする理由
渋いコーヒーの香りに鼻が慣れてきた。
ちょっと背伸びをしたくなる香りも、今では思い出のひとつとなって安心させてくれる香りになった。
「いらっしゃいませ」
「あとから1人来ます」
「奥のテーブル席へどうぞ」
今日は店員のお姉さんがいないのか、マスターが出迎えてくれた。
通された席で、
「今日はいかがなさいますか?」
「えっと、アール……じゃなくて、ホットのコーヒーをひとつ」
「かしこまりました」
いつも頼むアールグレイをやめて、ホットコーヒーを注文した。
飲めないわけじゃないけど進んで飲むことはしない。
だけど今日だけは、背筋をピンと張りたい気分だから苦味がほしい。
運ばれてきたコーヒーは、ミルクと砂糖を入れても苦かった。
店内にはマスターと、カウンター席でマスターと話す常連客のサラリーマンがいるだけだった。
洋楽が淑やかに流れる店内で話すような内容じゃないかも、と思いはじめたとき。
カランコロンと入店音が鳴った。
4人組の女性客がやってきて、店内ににぎやかな音が追加されたことで悩みは消える。
今日話すって決めたんだ。