弱小流派の陰陽姫【完】
白桜にとっても、月音と煌の誼(よしみ)が結ばれたことは喜ばしいことだ。
だが、だからといって黒藤のように自分もそうなりたい、と考えられるほど、白桜が己の生まれに悩まされていないわけではない。
めちゃくちゃ悩まされている。ゆるされるなら終始頭を抱えたいくらいだ。
だが白桜にはそんなことをしている暇はない。
御門流当主として、やることは山積みだ。
御門別邸にいる人員は陰陽師修行を続ける傍ら、白桜の補佐役としても活躍してくれている。
神崎流の件も、ほかの御門流の者には内密にと通達してある。
皆、白桜が信頼している者たちばかりだ。
それでも誰も、白桜の秘密は知らない。
幼い頃にそれを見抜いた黒藤と、ずっと一緒にいる百合緋、先ごろ知られてしまった黒藤の従妹以外に白桜の性別の所以(ゆえん)を知っている者はいない。
白桜も、誰にも話す気はない。
白桜にとって奪われたものを返せと要求することは、この命はいらないと捨てるようなものだ。
――母が、おのが命と引き換えに白桜に遺してくれた最後のものであるこの命を、そんな風に扱うことは出来ない。
空を見上げた。あの月に、手が届けば――
「白」
黒藤に名を呼ばれてはっとした。
無意識に夜天に向かって延ばしていた手を引っ込める。
「だめだよ、それは」
黒藤を見ると、白桜を見てはいなかった。
ただ空を見ている。
だが、白桜が何を思って、何をしようとしていたのか、わかっている風だった。
「……ごめん」
「うん、わかってるならいいんだ」
申し訳なさそうな白桜に返して、黒藤は立ち上がった。
「さ、て。あいつら待ってるし、俺は帰るわ。ついでにさっきの、冬芽のとこに引き取ってもらうから心配せんでいいよ。鬼の頭領に仕置きしてもらおう」
「……手間をかけてすまない」
「いーって。煌に持たせるお守り? は、碧人に任せた方がいいよな?」
「いずれ神崎の籍になるのなら、俺たちが迂闊に手は貸さない方がいいだろう」
「だよな。まあ、碧人もだいぶ脅したし、これ以上があればそのときは……だ」
「……だな」
黒藤と白桜の瞳に、昏(くら)い光が宿る。
そのときは――白桜と黒藤が、裏側に回る時だ。
人の世の、陰に。