日ごと、君におちて行く。日ごと、あなたに染められる。


 この時期は、一年の中でも繁忙期に当たる。期末監査も始まる。帰宅時間も遅くなる。
 それは、アシスタントの華も同じことだ。
周囲も慌ただしく忙しない状況になれば、そう簡単に早退したいなどと言い出せる雰囲気ではない。

無理をしなければいいが――。

午後も分単位で予定がびっしりだ。
華のことが気になりつつも、仕事をこなしていた。

 マネージャーとして、複数のチームを管理している。それぞれに会議に出て、監査方針を確認させる。チーム内から出された問題となる論点などを議論して、また別の会議に出る。

 その会議の合間に自分のデスクへと戻って来た時に、華の様子を確認した。さっきより、明らかに辛そうだ。

あれは、完全に無理をしている――。

腕時計で時間を確認する。次の会議までにあと10分はある。すぐに華の席へと向かった。

「――今すぐ、早退しなさい」
「……え? あ、こう――桐谷さん」

顔色が悪いままで目を見開いている。

「いえ、本当に大丈夫です。それに、この後しなければならない仕事があるので――」
「ダメだ」

有無を言わさぬようにその目を見下ろす。

「でも、この資料だけは作らないと、チームの方が困るので――」
「君は、もう一人のアシスタントと業務を共有していないのか? この四月から君のチームにもう一人アシスタントが入ったはずだけど?」
「そうですけど、でも、彼女には彼女の仕事があるので」

それでも引き下がらない華に、口調を強くして告げる。

「体調の悪い人間が無理して仕事をしてどうなる? その資料の完成度に自信を持てるか? ミスが多ければ、結局他の人間に迷惑をかけることにもなる。何か起きた時のために、常日頃から業務を共有するように徹底してるはずだ。それとも、していないのか?」
「いえ。すべて共有しています」

分かっていて敢えて問う。華ならその辺のことに抜かりがないことは分かっている。

「だったら、すぐに休みなさい。動けなくなるまで働けば、その分回復するまでに時間がかかる。ということは、迷惑をかける時間も長くなる。軽いうちにきちんと休んですぐに復帰する。その方が周りのためだ。分かったね?」
「……はい」

ようやく華は頷いた。

彼女の仕事に対する責任感が誰よりも強いということを理解している。だからどう言えば納得するのか、それを考えた。

「君が今すぐにやることは、マネージャーとインチャージに事情を説明し、もう一人のアシスタントに業務を引き継ぐこと」
「分かりました」

同じチームの人間ではないからこれ以上は口出せない。

本来なら有無を言わさずタクシーに押し込めたいが、上司である来栖に許可を取るのが筋だ。それくらいのことはわきまえている。

 立ち上がる華の背中を見送り、僕も自分のデスクへと戻った。





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