だって、君は俺の妻だから~クールな御曹司は雇われ妻を生涯愛し抜く~
「いいから」

 そういった説明を久弥さんは一切無視して、一度自身の腕時計を見遣る。

「一緒に出掛ける口実にはならないか?」

 ぶっきらぼうに告げられた言葉に、目を見張る。返事を悩んだ挙句、小さく答える。

「そ、そんな口実なんてなくても……久弥さんが誘ってくれたらついていきますよ」

 彼に声をかけてもらえるのなら。

 すると久弥さんは目を丸くしたあと、余裕たっぷりに笑った。

「なら行こうか、奥さん」

 さりげなく肩を抱かれ、私も頷く。昨日、最初で最後かもしれないと言ったのに、まさかこんなに早く二回目が叶うなんて夢にも思ってみなかった。

 久弥さんに連れていかれたブティックは、世界的に有名なイタリアの高級ブランドのお店だった。日本に数店舗しかない、いわゆるセレブ御用達のイメージで、まさか自分が足を運ぶ日が来るなんて微塵も思っていなかった。

 完全に場違いだと怖気づく私をよそに久弥さんは私の手を引き、さっさと店内に歩を進める。

「十河さま、お待ちしていました」

 ベテランのスタッフが(うやうや)しく頭を下げ、私はちらりと久弥さんをうかがった。

 久弥さん、いくらなんでも慣れすぎじゃない? こうやって今まで付き合った女性とも……。

「光子さまのお加減はいかがでしょうか?」

 心配そうに尋ねられ、律儀に答える久弥さんに考えを改める。ここは、光子さんのお気に入りのお店なんだ。
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