だって、君は俺の妻だから~クールな御曹司は雇われ妻を生涯愛し抜く~
「……そうだな、感情をさらけ出すのは苦手かもしれない」

 誰に言うわけではなく久弥さんは呟いた。

「私も、です。困らせたり嫌われたりしたくなくて」

 つられて発言し、すぐに我に返る。

「な、なんでもありません」

 感傷的になってどうするのか。無言でコーヒーを飲み続ける。

 そこでふと改めて思った。こんなふうに誰かとテーブルを囲んで他愛ない会話をするのは、すごく久しぶりだ。

 形だけでも期間限定でも、私たちは家族になったんだ。

 自分の考えを振り払うように席を立つ。

「カップ片づけますね」

 久弥さんも飲み終えたところだったので、彼の分も受け取ってキッチンに運ぶ。

 結婚してから、光子さんの病院にも頻繁に訪れるようになった。久弥さんという共通の話題があるから話は尽きない。久弥さんの話をするとき、光子さんは本当に幸せそうだ。彼が愛されて育ってきたのがわかる。

 その一方で気づいたことがある。光子さんのもとには様々な人が訪れるが、それは友人や親戚だけではない。仕事関係で世話になったからとほぼ初対面でやってきて、投資や寄付を持ちかけてくる人々と何度か遭遇した。

 光子さんはそのたびに早い段階ではっきりと断るのだが、気落ちした表情を見せるのも事実だ。

 そこで出会った頃の久弥さんを思い出す。失礼だと腹を立てたが、彼は今の私以上に、入院中の光子さんにストレスを与える人たちを見てきたのだろう。そう考えたら、久弥さんの私に対するあの態度は納得だ。
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