だって、君は俺の妻だから~クールな御曹司は雇われ妻を生涯愛し抜く~
 カップや食器を片づけて戻ると、彼の姿はダイニングにはなかった。

「瑠衣」

 名前を呼ばれて振り向いたら、久弥さんはリビングのソファに腰を下ろしている。

「はい」

 返事をしたら手招きされ、おもむろに彼に近づいていく。目の前まで歩み寄ると、久弥さんは私の腕をそっと掴んだ。

「どうされました?」

「瑠衣の言う通り、夫としての特権を享受しようと思って」

 彼の言葉に虚を衝かれている隙に、久弥さんは私の腕を引き、拒否する間もなく私は彼の膝の上に横抱きに乗せられていた。

「なっ」

 ここにきて抵抗を試みたが腰に腕を回され、離れられない。

「妻に触れられるのは夫だけの特権じゃないのか?」

「そういう意味で言ったわけじゃ……」

 心臓が急にうるさくなり、体温が上昇する。ぎゅっと唇を引き結ぶと沈黙が降りて、彼の脈拍や息遣いまで感じられる。

 それなら、逆もしかりで私のものも伝わっているのでは?

「俺に触れられるのは嫌ではなかったんじゃないか?」

 いつかの私の言い方を借りて久弥さんは尋ねてきた。それに対し、極力平静を装って答える。

「平気、だとは言ってません」

「なら慣れるしかないな」

 抱きしめる力が強められ、私の体はますます硬直した。けれど不思議と嫌悪感は湧かない。頭を撫でられ、次第にこの状態に慣れてきたのもあり、力を抜いて思いきって素直に彼に身を委ねてみる。

 こんなふうにされるのは、子どものとき以来かもしれない。思い出せないくらい、遠い昔――。

「瑠衣はどんな子どもだったんだ?」

 心の中を読まれたのかのようなタイミングで問いかけられる。
< 54 / 193 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop