だって、君は俺の妻だから~クールな御曹司は雇われ妻を生涯愛し抜く~
「え?」

 彼の腕の中で身じろぎし、目線を上げたら至近距離で久弥さんと視線が交わる。予想以上にすぐそばに彼の顔があり心臓が跳ねた。

「どうしたんですか?」

 動揺を悟られないように、極力冷静に尋ねた。久弥さんは真面目な顔を崩さない。

「フェアじゃないと思ったんだ」

「……フェア?」

 彼の口から予想外の言葉が飛び出し、ついおうむ返しをした。

「そう。瑠衣は祖母を通して俺の情報や過去をいろいろ知っていくのに、俺は瑠衣のことをまだ全然知らない」

 それは不可抗力ではないだろうか。そもそもそんなところに公平さを求めなくてもいいような気がする。律儀なのか負けず嫌いなのか。おそらく前者だろう。

「張り合う必要はないと思いますが」

 正直に告げたら、続けて頬に手を添えられる。

「妻についてより知りたいと思うのは、夫として当然じゃないか」

 さもありなんと言わんばかりの口調に目を瞬かせる。

 期間限定なのに? 契約上のものなのに?

 言いたいことはたくさんあるが彼から目が逸らせず、おずおずと口を開く。

「久弥さんが知っている通りです。祖父母が亡くなってから母とふたりで生きてきました。今のNPO法人の事務局長になるまで、母はいくつか仕事かけもちして必死に私を育ててくれたんです」

 だから家事は慣れている。ひとりでいるのも。

「貧しくて寂しい思いをしたときもありました。父の記憶はありませんが、久弥さんと同じで自分を不幸だと思ったことはありません。たとえ――」

 そこで口をつぐむ。
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