だって、君は俺の妻だから~クールな御曹司は雇われ妻を生涯愛し抜く~
「たとえ?」

 中途半端に黙り込んだ私を不審に思ったのか、久弥さんが続きを促した。けれど私は一度目を伏せる。

「いいえ」

 これは言わなくてもいい話だ。しばし話の接ぎ穂を失っていると久弥さんが口火を切った。

「瑠衣はなかなか秘密主義なんだな」

「そういうわけじゃ……」

 怒るわけでもなく彼は私の髪に指を通しながら告げた。強引なのに無理やり聞き出そうとする真似はしない。

 再び彼に体を預ける。自分とはあきらかに違う逞しい腕、厚い胸板、骨ばった大きな手。

 大人の男性だと意識する一方で、伝わってくる心音や体温が不思議と安心感をもたらす。それはきっと慣れ云々ではなく相手が久弥さんだからだ。

「瑠衣の髪はずっと触っていたくなる」

 苦笑しつつ彼はさっきから私の髪に触れ続けている。

 幼い頃からサラサラのストレートの黒髪は、少しだけ自慢だった。とはいえ。

「久弥さん、だけですよ」

 そんなふうに思うのは。

 心の中で付け足したら頭を撫でていた手が止まった。その行動に彼をうかがうと、真剣な目をした久弥さんと視線が交わる。

「当然だ。俺だけだよ、他の誰にも触らせない」

 気迫に満ちた声色が耳に届き、彼は私の髪を一房すくって自分の口元に寄せた。その姿から目が離せない。やがて彼の手から髪が滑り落ち、久弥さんはこつんと額を重ねてきた。

「夫として、これも特権なら悪くない」

 違うような、合っているような。
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