だって、君は俺の妻だから~クールな御曹司は雇われ妻を生涯愛し抜く~
 はっきりと落ち込んでいる自分がいて、すぐさま自身を叱責する。

 母の手術は成功した。これ以上なにを望むの? ましてや久弥さん相手に。

 答えが出せないまま足を動かす。ここから家までわりと時間がかかるので、のんびりしていられない。公共交通機関を使うならなおさらだ。

 病院前からバスは出ているが、時間がうまく合わず、近くの駅から電車に乗る。乗り換えを経て、マンションの最寄り駅で降りると、人混みをかき分けて出口を目指す。

 帰宅ラッシュとまではいかなくても、それなりに多くの人が行き交っていた。

 明日もまた同じ道のりで病院に行かないと。夕飯は家であるもので適当に済まそう。

 駅を出て、家の方向へ歩き出すと、雑踏の中で不意に目に留まった人物に息を呑む。

 久弥さん?

 遠目からこちらに向かって歩いてくる彼が視界に入った。背が高く一際目を引く外貌、スーツにお馴染みの黒のチェスターコートを羽織っていて、まぎれもなく久弥さん本人だ。

 もしかして仕事が早く終わったのかな? 迎えに来てくれたの?

 淡い期待を抱いた瞬間、足が止まる。久弥さんの隣には綺麗な女性が並んで歩いていた。目鼻立ちがはっきりとした美人で化粧もきっちり施されている。

 ゆるやかに巻かれた柔らかそうなブラウンの髪は大人っぽく、久弥さんと同じくスーツ姿でベージュのコートを羽織っている。

 なにやら会話しているふたりは真剣な面持ちでやりとりしている。さっきの久弥さんの電話からすると、仕事の関係者だろうか?
< 65 / 193 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop