だって、君は俺の妻だから~クールな御曹司は雇われ妻を生涯愛し抜く~
 あまり食欲はなかったので朝食用にと買っていたパンを少しだけ口に入れ、さっとシャワーを浴びる。

 自室で横になると今日の出来事が走馬灯のように頭の中を駆け巡って、体は睡眠を欲しているのに、脳がまだ興奮状態なのかなかなか寝つけない。

 今日は、いろいろありすぎた。

 母の手術が成功してよかった。リハビリは必要だけれど、もう発作に怯(おび)えずに日常生活が送れるんだ。

 ポジティブな考えで心を落ち着かせる。けれどこれも全部久弥さんのおかげなのだと思うと、感謝の気持ちの前に先ほど駅で見た彼の姿がまた頭をよぎる。

 あの女性とは、どういう関係なんだろう? 同僚? それにしては親しそうな印象だった。少なくとも私が彼の隣にいるよりもずっと違和感がない。

『あいにく結婚願望はないし、そんな相手もいない』

 結婚願望がなくても、それなりに恋人はいたんだろうな。久弥さんみたいに素敵な人、女性が放っておくわけないし、私に対する触れ方だって慣れたものだ。

 契約書には、婚姻中はお互いに別の異性とは関係を持たないことと明記していた。でも、それはほぼ久弥さんだけの話だ。私の方は、もうずっと異性に縁はない。

 モヤモヤした感情として心に溜まっていく。苦しくて胸が痛いのに、理由がはっきりしない。

 自分の体を抱きしめるようにぎゅっと身を縮めた。そこでふと声が漏れる。

「寒い」

 空間は完備されているが、さっきからなかなか体が温まらない。
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