だって、君は俺の妻だから~クールな御曹司は雇われ妻を生涯愛し抜く~
 いつもこんなことはないのに今日はどうしたのか。疲れのせいだと結論づけようとして思い直す。

『夫として、これも特権なら悪くない』

 ああ、そうか。ここ最近は久弥さんが寝る前に抱きしめてくれていたから。彼の温もりを分けてもらうのが当たり前になっていたと気づく。こんな弊害が出るとは思ってもみなかった。

 パジャマ、もう少し分厚めのにしようかな。

 自分で言ったように久弥さんが私に触れるのはあくまでも権利で、義務でもなんでもない。逆にこうして彼の都合や気分次第でなくなるんだ。

 振り回されているとは思わない。私は彼に雇われた妻だ。だから反対に私が、久弥さんに妻としてなにかを求めるなんてできない。

 無理やり目を閉じて思考を中断する。この感覚は子どもの頃にも覚えがあった。

『お母さん』

 小学生の頃、夜中に泣きながら部屋から飛び出し、まだ起きてリビングで仕事をしている母のもとへ向かった。

『どうしたの、瑠衣』

『お母さんが、いなくなる夢見た』

 何事かと驚いている母の顔を見た途端、さらに涙があふれてくる。そんな私に母は近づき優しく抱きしめた。

『夢よ、大丈夫。お母さんここにいるでしょ。瑠衣を置いてどこかに行ったりしないわ』

 それから一緒に寝てもらい、ホッとしたのを覚えている。あとから思い返すと、仕事の邪魔をして申し訳なかった。

 でも、いつ母がいなくなるんじゃないかと不安でたまらなかった。だって――。
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