だって、君は俺の妻だから~クールな御曹司は雇われ妻を生涯愛し抜く~
 はっと目が覚め、瞬きを繰り返す。激しい動悸に見舞われ、心臓が鷲掴みされているようだった。上半身を起こし、呼吸を整える。漠然とした不安が胸を覆って、額にじんわりと滲んだ汗を拭った。

 スマホを見たら午後十一時過ぎ。病院からの着信はない。

 鳴りやまぬ心臓を押さえ、ベッドから抜け出す。自室のドアを少しだけ開けてみたが、廊下に人の気配はない。そのまま閉じようとして思いとどまった。そっと廊下に出て向かったのは久弥さんの自室の前だ。

 久弥さん、さすがに帰っているかな?

 彼の部屋には足を踏み入れたことは実は一度もない。そういう取り決めをしたわけではないが、必要もないし機会もなかった。

 ノックしようと思ったが、寝ていたらと考えたら申し訳ない。そもそも顔を見たところでどうするの。母の手術についての報告も昼間電話でしたし、急ぐものじゃない。

 帰宅したかどうかは玄関にある靴を確認すればいいだけだ。

 もしかして、まだあの人と一緒にいるのかな?

「瑠衣?」

 逡巡していたら予想外の方向から声をかけられ、肩がビクリと震える。慌てて視線を向けたら久弥さんが驚いた顔をしてこちらを見ていた。

 濃紺の襟付きパジャマを着て、普段ワックスできっちりと整えている髪はやや湿り気を帯びて無造作に下ろされている。

「今日は土壇場で悪かったな」

 私より先に彼がすまなさそうな面持ちで口を開いた。
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