契約彼氏とロボット彼女
迫るタイムリミット
コンビニバイトから帰宅すると、サヤは暗い顔で出迎えた。
リビングへ向けた背中に覇気がない、
最近浮かない表情を浮かべる日が増えている。
首元には絆創膏が一つ。
俺の記憶が正しければ、今朝は貼られていなかった。
「サヤ、首の絆創膏……」
「何でもありません」
サヤの背中から不機嫌な返事が届いた。
俺はベランダからバケツを取って台所で満タンにお湯を入れて、ちゃぶ台の下に小さなレジャーシートを敷いてその上にバケツとバスタオルを置いた。
「ねぇ、サヤ。ちゃぶ台の上に座ってくれる?」
「……どうしてですか?」
「今から足湯してあげる。リラックス出来るからおいで」
沙耶香は誘導される通り、ちゃぶ台に座って靴下を脱いでバケツに両足を入れる。
颯斗は正面に座ると、バケツの中に手を入れて指先からマッサージを始めた。
「絆創膏の件、言いたくないなら無理に言わなくていいよ。顔に言いたくないって書いてあるし」
「……」
「その代わり、心だけは寄り添わせて」
「えっ」
「違う話でもいいからコミュニケーションを図っていこう。そうすれば少しは気が晴れるかもしれないから」
指先からジワジワと伝わってくる颯斗の優しさ。
まるで窮屈になっていた気持ちの結び目が解かれていくかのような気分に。
小さな幸せに心震わせると沙耶香は顔を俯かせた。
「颯斗さんはどうしてそんなに優しいんですか。元は赤の他人だったのに……」
沙耶香は颯斗の温かみに触れる度に心が掻き乱されていく。
二十年間の人生を振り返ってみても、ここまで親身に寄り添ってくれる人なんて存在しなかったから。
「別に特別な事はしてないよ。ただ、俺がサヤの立場だったらなと思って。サヤだってこの家に来てから沢山のものを与えてくれたじゃん」
「沢山のもの? 記憶にありません……」
「例えば天井の星」
「えっ」
「一つずつハサミで紙を切って星座とわかるようにバランスを取りながら天井に貼り付けてさ。俺に喜んでもらえるように目隠しの演出までしてくれたよ。満天の星空を見た時は、一日の疲れが吹っ飛ぶくらい嬉しかったよ」
颯斗はそう言うとにっこり微笑む。
一方の沙耶香は嬉しさが込み上げる反面、迫り来るタイムリミットに胸が締め付けられていく。
深夜、沙耶香は颯斗が寝静まったところを確認してからベランダに出て、手すりに腕をもたらせて夜風に髪を靡かせながら夜空を見上げた。
目線の先には夏の大三角形。
天の川の上でわし座を追う白鳥座。
この二つの星座はまるで今の自分達のよう。
「神様、沙耶香は自信がありません。……どうしたら好きな人を嫌いになれますか」
契約終了まで、残り十一日。
彼に近付けば近付くほど、何十倍何百倍にも風船のように膨れ上がっていく恋心。
でも、残りの日数で少しずつ気持ちを剥がしていかなければならない。
何故なら、籠の中に戻れる自信がなくなってしまうから……。