契約彼氏とロボット彼女

叶わぬ恋



沙耶香は手の泡を洗い流して水道の蛇口を閉めた途端、やりきれない気持ちに包まれて身を震わせた。
颯斗は異変に気付くと、ちゃぶ台から離れて沙耶香の背後へ立って声をかける。



「サヤ……? どうかしたの?」

「……」


「サヤ……?」



だが、沙耶香は返事どころか颯斗の声が耳に入ってこない。



彼は私がもうすぐ他の人と結婚する事を知らない。
毎日猛アタックしながらも、中途半端な別れがすぐ目の前にある事さえ。


本当は一ヶ月間という時間の中で思い尽くしのないように恋愛していくつもりだった。
幸せのバロメーターが満タンになっていたら、例えその先が地獄だとしても生きていけるんじゃないかって。



でも、彼と一緒に暮らしているうちに欲張りになった。



手に入れたいものは手に入れられなくて、捨てたいものは駆け足で迫って来るばかり。


明日が来るのが怖い。
明後日も明明後日も……。
颯斗さんとの幸せが右肩上がりになっていく分、臆病になっていく。



残り九日間。
その僅かな時間さえ満喫出来る自信がなくなった。



沙耶香が無言のまま二分ほどキッチンに立ち尽くしていると、颯斗は後ろからぎゅっと抱きしめた。
沙耶香は予想外の展開に目を丸くする。



「大丈夫だよ」

「……っ」


「辛い時は傍にいるから、サヤはいつも通りでいればいい。いつでも受け止める準備は出来てるから」



彼の気持ちが伝わってくる度に心が折れそうになる。



黒崎建設と田所ホールディングスの事業提携を他人事にして。
結婚を破棄して。
反対する両親を押しきって家を出て。
会社や家の事なんてそっちのけにして、彼と一緒にこのアパートで暮らしたい。


アパートは狭いし、汚いし、お風呂はないし、ゴキブリは出るし、室内で育てている野菜で青臭いし、強風が吹いたら窓は揺れるし、隣の住人の声は丸聞こえだけど…。



ベランダ菜園で収穫した野菜を採って。
二人で楽しく料理して。
銭湯に行って腰に手を当てながらコーヒー牛乳を飲んで。
一緒にアルバイトをして。
帰り道に二人で夜空を見て綺麗だねって言って。


他人にとっては小さな事かもしれないけど、私にとっては何気ない一日がかけがえのない宝物。




でも、財閥令嬢としてこの世に誕生した限り、彼との未来なんて決して叶わない。

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