契約彼氏とロボット彼女
第八章
恋
颯斗達は自宅でいつも通りに朝食作りをしていると、沙耶香はフライパンから皿に移した目玉焼きを見せて言った。
「颯斗さん、見て下さい」
「……ん?」
颯斗は言われた通り横目を向けると、そこには二つの目玉焼きが焦げ目なく上手に仕上がっている。
「うっわ! 料理の腕がめっちゃ上達してるじゃん」
「颯斗さんの指導のお陰です」
「家に来た時は包丁で指を切っては救急車呼べだの、目玉焼きは黒焦げ焼きになるだのって、アクシデントの連続だったよなぁ」
「そんな昔の話、早く忘れて下さいよ……」
「一番酷かったのは、料理出来ると嘘をついてデリバリーを頼んだ時。あれには驚かされたわ」
「もー! 意地悪ばかりやめて下さい」
俺は彼女と暮らし始めてから二十四日間で恋心が芽生えている事を確信していた。
出会った当初はこんな幸せな未来を予想してない。
100万円を持ってバイト先に現れた時は『何だこいつ』って。
ちっとも笑わないし、やる事なす事が桁外れだし、金で物事を解決しようとしてるし、とんでもないやつと同棲する事になったなって思ってたけど……。
いま思い返してみたら、あの時は彼女の表面的な所しか見ていなかった。
実際は一途に想い続けてくれる不器用な子。
最初のうちはどうにかして笑わせてあげたいと思ったけど、今は別にそう思わない。
毎日が一生懸命なのはちゃんと伝わっているから、自然のままでいい。
今日までいい所をいっぱい見てきたから、現状のままでも十分幸せだ。
契約期間終了まで、残り三日。
俺はその三日後に愛の告白をしようと思っている。
今日はコンビニバイトと嘘をついて向かった先はジュエリーショップ。
契約満了日に彼女に指輪を贈ろうと思ってここに来た。
指輪を渡して『本物の彼女になって欲しい』って伝えたら、どんな反応をするかな。
初めて笑ってくれるかな。
それとも泣いて喜んでくれるかな。
指輪を渡す日の事を想像だけでも緊張してくる。
三日後に交際初日になるなら、指輪に日付や名前の刻印を入れたい。
高価なものは買えないけど、二人にとって最高の記念日にしたいと思っている。
指輪を渡す場所はどこにしよう。
七月下旬だから外だと暑いし、やっぱり部屋で渡すのがいいかな。
サヤが天井に飾ってくれた星空を眺めながら、キャンドルに火を灯して渡そうか。
丸一日アルバイトを休みにしたから、記念日の一日をゆっくり楽しみたい。
彼女の指は5号。
白くて細くて長い指。
俺は夏の大三角をイメージした三角形の位置にガラスの石がはまっている指輪に決めた。
ところが……。
「お客様。大変申し訳ございませんが、5号の指輪はただいま欠品中でお取り寄せになってしまいますが、いかがなさいますか」
「えっ、納期にどれくらいかかりますか?」
「三日後になります」
お取り寄せと聞いてドキっとしたけど、三日後なら間に合うと思ってホッと胸を撫で下ろした。
「じゃあ、取り寄せでお願いします。三日後に取りに来るので連絡は要りません」
「かしこまりました。こちら予約票になります。当日は必ずお持ち下さい。では、後日お待ちしております」
俺は店員から予約票を受け取って、その足で書店に向かった。
記念日には何か美味しいものも食べさせてあげたい。
そう思いながら料理の本をいくつか手に取って眺めた。
サヤは何が好物かな。
嫌いな食べ物は何だろう。
毎日一緒に居たのに、振り返れば知らない事ばかり。
だから、これからは少しずつ知っていこうと思う。
俺はサヤと本物の恋人になる日に期待を膨らませながら、いろんな料理本を読み漁った。