妖狐とノブレス・オブリージュ
好きな人
神の恵のような黄金が輝く。
陽の光のように柔らかく、凪いだ海のように穏やかで、ずっと触っていたくなるような優しい髪がさらりと揺れる。
秋の夕暮れ。わずかに開いた扉から、祝福のような陽の光が溢れ出す。
あまりの眩しさに、モモは目を細めた。
「ハルさま!」
扉の向こうから現れたのは、ひとりの美しい青年だった。
ハル・レオナルド。
グラドリア王国四大貴族、レオナルド家の当主である。ハルは輝くような金髪と、澄んだ冬空をそのまま宿したような、美しい瞳を持つ青年だった。
「モモ」
美しい彼は、メイドであるモモの雇い主であり、そして、モモの秘密の恋人だった。
貴族院の議会に出席していたハルは、一週間ほど屋敷を留守にしていた。
モモは、待ちわびた愛しい人のぬくもりを確かめるようにぴょんと飛びつくと、そのまま大きな背中に手を回した。抱き留めてくれる手の大きさと温かさにホッとする。
「モモ。仕事お疲れさま。俺が留守の間、いい子にしてた?」
「はい! ご安心ください。ハルさまの留守はモモがしっかりお守りしてましたよ!」
もしモモに犬のような尻尾があれば、さぞぶんぶん振り回していたことだろう。
「くんくん。久しぶりのハルさまのにおいです」
「こら、汗臭いでしょ。嗅がないで」
ハルが照れくさそうに笑う。
「いやです。ハルさまのにおい、好きです。安心します」
モモはうっとりと目を瞑っている。ハルは愛おしそうにモモの頭を撫でた。
「……俺も大好きだよ、モモ」
甘くかすれた声が、モモの小さな脳みそをどろどろに溶かしていく。
ひとしきりハルのぬくもりを感じたところで、モモは我に返った。
「はっ! お疲れのところ申し訳ありません。今、お茶入れますね!」
「うん。一緒に飲もう」
モモはキッチンに、ハルは自室に向かった。
紅茶の華やかな香りが部屋を満たしている。
テーブルの上には、可愛らしい桃色のテーブルクロスが敷かれていた。その上には、花の絵柄が描かれたティーカップがふたつと、平たい皿の上に乗せられた宝石のように可愛らしいクッキーたち。
「このクッキー……」
モモの瞳が輝く。
「モモ、好きだろ? 帰り、ちょっと街に寄ったんだ。新作だって言われたから、つい買っちゃった」
「美味しそうです」
「うん。たくさん食べて」
ハルはモモに優しく微笑み、紅茶を飲む。
モモはクッキーを咥えながら、ちらりとハルを見つめた。
モモがどうしようもなく恋焦がれる相手。
ほかのなにもいらない。お金も、地位も名誉も、食べ物も服も、いらない。彼のためなら、いのちだって捨てられる。
そう思うほど愛したのは、ハルが初めてだった。
「モモ」
ハルがモモを呼ぶ。
温かな手がそっとモモの手を取り、さらりと撫でる。モモは息を呑んだ。
「ハルさま……」
ハルの手がモモの腰元に滑っていく。モモは濡れた瞳でハルを見上げた。
モモの赤い瞳には、優しげな碧眼が映っている。
吐息がモモの唇に触れた。
ハルの唇は、いつだって紅茶の香りがして、熱い。モモの思考を奪って、甘美に溶かしていく。
長くほんのりと熱を帯びた指先が、モモの頬を掠めた。
「……モモ。今日はもう少し、一緒にいられるかな」
「……はい」
モモとハルは、お互いに嘘をついていた。けれど、心から愛し合っていることには違いなかった。