転生織姫の初恋
織姫は、校舎裏で同学年の男子生徒に詰め寄られていた。
「ちょっと離してよー」
織姫が不満そうな声を上げる。
「織姫がいきなり会わないとか言い出すのが悪いんだろ。理由もなしに……」
「じゃあ理由を言えばいいの? それなら飽きたからだよ」
「はぁ?」
男子生徒は、不機嫌そうな低い声を出す。
「いいじゃんべつに。私たち付き合ってるわけじゃないんだし。どうせ体だけの関係でしょ?」
織姫はひるむことなく、至極面倒そうに眉を寄せた。
「だとしても……」
顔に影が落ち、顎を掴まれたかと思えば無理やり上を向かせられる織姫。
「最後に一回くらいいいよね? 織姫?」
男子生徒の瞳には熱がこもっていた。
「まぁ……いいけど。ここで?」
「どうせ誰も来ないだろ」
男子生徒の顔がゆっくりと近付いてくる。織姫は拒むこともなく、静かに目を伏せた。
――「君たち、なにしてるの?」
二人の唇が重なろうとしたそのとき、静かな校舎裏に凛とした声が響いた。
「……先生?」
二人きりの空間に割って入ったのは、彦星だった。彦星は努めて平静を装い二人の間に入ると、男子生徒を見下ろした。すると、男子生徒は不快感を露わに言った。
「……見てわかんない? 彼女とお楽しみ中なんだよ。邪魔すんな」
「素直なことはよろしいのですが。さすがにこれを見逃すのはできかねますね」
彦星も引かない。というか、引けるわけもない。渦中にいるのは織姫なのだから。
「学校の風紀を乱す行為はいけません。それがたとえ同意の元だとしても、ここは学校ですから」
「ウザー。もういいわ。織姫、ゴメン。また今度ね」
「……ん」
織姫は男子生徒を追いかけることもなく、彦星に文句を言うでもない。涼しげな顔で壁に背中をもたれさせたまま、去っていく男子生徒を見送った。
二人きりになると、彦星は織姫に向き合い、訊ねる。
「彼と付き合ってるんですか?」
女子高生に転生した織姫との夢にまで見たファーストコンタクトが、こんな形だなんて……。
彦星は内心で落胆する。
「先生には関係ないでしょ」
織姫は目も合わさず、短調に答えた。
「……いつも、あんなことしてるんですか?」
彦星は悲しくなった。
こんなにも愛していた織姫が、どうして自分を安売りするようなことをするのか。転生しても姿形は変わらないのに、中身はここまで変わってしまうものなのだろうか……。
「それはお説教?」
「ねぇ……織姫、僕のこと覚えてますか?」
「は?」
織姫は怪訝そうに彦星を見上げる。本当に分からないようだ。
「天界でのことですよ。ほら、よく一緒に機織りをしたでしょう? カササギと三人でピクニックをしたり、コロッケ作ったりしたでしょう? ……あと、僕と愛し合ってたことも」
「なに? いきなりナンパ? 先生なに言ってるの?」
織姫は不審そうに眉を寄せた。
「……そっか。覚えてないんですね……」
ひどく落胆した様子の彦星。すると、不意に織姫がその手を取った。
「……織姫……?」
まさか、今のは冗談だったりするのだろうか。知らんぷりをしつつ、本当は彦星の反応を見て楽しんでいただけなのかもしれない。
そんな淡い期待が脳裏を過ったその瞬間。
「なぁんだ。先生ってば、そうゆうこと?」
織姫はらしからぬ妖艶な笑みを浮かべて、彦星に迫った。待ち焦がれた愛しい人の微笑みに、彦星の頬は素直に赤く染まる。
「……ねぇ、先生。そういえばさ、いつも私のこと見てるよね? もしかして、私のことそういう目で見てる?」
ぎくりとした。背中を嫌な汗がつたう。
「そ……れは」
甘ったるい声で囁く織姫。彦星は喉を鳴らし、瞳を揺らした。
いけない。自分たちの関係の記憶がない彼女にとって、彦星はただの養護教諭だ。気持ち悪がられるに違いない。
……けれど、否定の言葉が口から出てこない。
黙り込んだままで瞳を泳がせていると、織姫が言った。
「いいよ。先生なら」
そのたった一言で、彦星は泣きそうになる。
「……それは、付き合ってくれるってことですか?」
声に僅かな期待が篭もる。すると、織姫は楽しそうに笑った。
「付き合う? 違うよ、体だけ」
「は……?」
「だって先生、織姫とそーゆうことしたいんでしょ? 違うの?」
本音を付かれたようで、彦星の頭は真っ白になる。
「……そのような行為は、恋人同士でするものでは」
信じられない言葉を吐き出した彼女に、彦星は動揺を隠せない。
「なにそれ、先生ったら子供みたーい。もしかして彼女としか関係持たないタイプなの?」
コロコロと笑う織姫の顔は、かつて彦星が愛した彼女そのものだ。発言はとても彦星の知る織姫とは思えないのに、その笑顔が彦星の胸を熱くする。
「彼女というより……僕はあなたとしかそういうことをしたいとは思いません」
ついうっかり零した言葉に、織姫は目を丸くした。
そして織姫は口角を上げ、彦星の首に手を回す。
「なにそれ、すごい口説き文句だね。じゃあ先生……今日、泊めてよ」
織姫は意味深に彦星の唇を指でなぞった。
その甘い声に抗う術を、彦星は知らなかった。
「ちょっと離してよー」
織姫が不満そうな声を上げる。
「織姫がいきなり会わないとか言い出すのが悪いんだろ。理由もなしに……」
「じゃあ理由を言えばいいの? それなら飽きたからだよ」
「はぁ?」
男子生徒は、不機嫌そうな低い声を出す。
「いいじゃんべつに。私たち付き合ってるわけじゃないんだし。どうせ体だけの関係でしょ?」
織姫はひるむことなく、至極面倒そうに眉を寄せた。
「だとしても……」
顔に影が落ち、顎を掴まれたかと思えば無理やり上を向かせられる織姫。
「最後に一回くらいいいよね? 織姫?」
男子生徒の瞳には熱がこもっていた。
「まぁ……いいけど。ここで?」
「どうせ誰も来ないだろ」
男子生徒の顔がゆっくりと近付いてくる。織姫は拒むこともなく、静かに目を伏せた。
――「君たち、なにしてるの?」
二人の唇が重なろうとしたそのとき、静かな校舎裏に凛とした声が響いた。
「……先生?」
二人きりの空間に割って入ったのは、彦星だった。彦星は努めて平静を装い二人の間に入ると、男子生徒を見下ろした。すると、男子生徒は不快感を露わに言った。
「……見てわかんない? 彼女とお楽しみ中なんだよ。邪魔すんな」
「素直なことはよろしいのですが。さすがにこれを見逃すのはできかねますね」
彦星も引かない。というか、引けるわけもない。渦中にいるのは織姫なのだから。
「学校の風紀を乱す行為はいけません。それがたとえ同意の元だとしても、ここは学校ですから」
「ウザー。もういいわ。織姫、ゴメン。また今度ね」
「……ん」
織姫は男子生徒を追いかけることもなく、彦星に文句を言うでもない。涼しげな顔で壁に背中をもたれさせたまま、去っていく男子生徒を見送った。
二人きりになると、彦星は織姫に向き合い、訊ねる。
「彼と付き合ってるんですか?」
女子高生に転生した織姫との夢にまで見たファーストコンタクトが、こんな形だなんて……。
彦星は内心で落胆する。
「先生には関係ないでしょ」
織姫は目も合わさず、短調に答えた。
「……いつも、あんなことしてるんですか?」
彦星は悲しくなった。
こんなにも愛していた織姫が、どうして自分を安売りするようなことをするのか。転生しても姿形は変わらないのに、中身はここまで変わってしまうものなのだろうか……。
「それはお説教?」
「ねぇ……織姫、僕のこと覚えてますか?」
「は?」
織姫は怪訝そうに彦星を見上げる。本当に分からないようだ。
「天界でのことですよ。ほら、よく一緒に機織りをしたでしょう? カササギと三人でピクニックをしたり、コロッケ作ったりしたでしょう? ……あと、僕と愛し合ってたことも」
「なに? いきなりナンパ? 先生なに言ってるの?」
織姫は不審そうに眉を寄せた。
「……そっか。覚えてないんですね……」
ひどく落胆した様子の彦星。すると、不意に織姫がその手を取った。
「……織姫……?」
まさか、今のは冗談だったりするのだろうか。知らんぷりをしつつ、本当は彦星の反応を見て楽しんでいただけなのかもしれない。
そんな淡い期待が脳裏を過ったその瞬間。
「なぁんだ。先生ってば、そうゆうこと?」
織姫はらしからぬ妖艶な笑みを浮かべて、彦星に迫った。待ち焦がれた愛しい人の微笑みに、彦星の頬は素直に赤く染まる。
「……ねぇ、先生。そういえばさ、いつも私のこと見てるよね? もしかして、私のことそういう目で見てる?」
ぎくりとした。背中を嫌な汗がつたう。
「そ……れは」
甘ったるい声で囁く織姫。彦星は喉を鳴らし、瞳を揺らした。
いけない。自分たちの関係の記憶がない彼女にとって、彦星はただの養護教諭だ。気持ち悪がられるに違いない。
……けれど、否定の言葉が口から出てこない。
黙り込んだままで瞳を泳がせていると、織姫が言った。
「いいよ。先生なら」
そのたった一言で、彦星は泣きそうになる。
「……それは、付き合ってくれるってことですか?」
声に僅かな期待が篭もる。すると、織姫は楽しそうに笑った。
「付き合う? 違うよ、体だけ」
「は……?」
「だって先生、織姫とそーゆうことしたいんでしょ? 違うの?」
本音を付かれたようで、彦星の頭は真っ白になる。
「……そのような行為は、恋人同士でするものでは」
信じられない言葉を吐き出した彼女に、彦星は動揺を隠せない。
「なにそれ、先生ったら子供みたーい。もしかして彼女としか関係持たないタイプなの?」
コロコロと笑う織姫の顔は、かつて彦星が愛した彼女そのものだ。発言はとても彦星の知る織姫とは思えないのに、その笑顔が彦星の胸を熱くする。
「彼女というより……僕はあなたとしかそういうことをしたいとは思いません」
ついうっかり零した言葉に、織姫は目を丸くした。
そして織姫は口角を上げ、彦星の首に手を回す。
「なにそれ、すごい口説き文句だね。じゃあ先生……今日、泊めてよ」
織姫は意味深に彦星の唇を指でなぞった。
その甘い声に抗う術を、彦星は知らなかった。