転生織姫の初恋

禁忌の一歩


 彦星は織姫を家に招くと、彼女に向かい合い、言った。
「織姫。こんなことはダメです。好きでもない人とどうして関係を持つんですか」
 クッションの上にちょこんと座った織姫は小首を傾げる。
「ここまで連れてきておいて、今さらそれを言う?」
 たしかに、一生徒を家に連れ込んでおいて、こんなことを言える立場ではないことはわかっていた。これは、人間界では完全なるタブーだ。
 しかし、それでも彦星は、彼女のペースに流されまいと、彦星は唇を引き結んだ。
「……なにかあったんですか? 悩みがあるなら聞きますよ。家庭の問題ですか? それとも、学校でなにか嫌なことがありましたか?」
 できる限り優しく問いかけたつもりだったが、織姫は不機嫌そうに彦星に背中を向けた。
「……そういう話が目的なら、織姫帰るけど」
 彦星はため息を着く。バッグにつけられたままのカササギも、僅かに目を細くした。
「……織姫。どうしちゃったんですか。天界でのあなたはあんなに奥ゆかしく、繊細で可愛らしかったのに……」
 彦星は悲しげに織姫を見つめ、嘆く。しかし、いくらかつての彼女のことを話したとて、記憶のない織姫には届かない。
 織姫は彦星に冷ややかな瞳を向ける。
「なんかよく分からないけど、先生は織姫のこと好きなんだよね?」
 織姫はソファに座る彦星を近付く。そして肩に手を置き、彦星の手を取った。
「っ……織姫」
 鼻先も触れそうな距離で、二人の視線が絡み合う。
「好きじゃないの?」
「……好き……ですが」
 織姫は満足そうに微笑み、彦星の手に頬を擦り寄せた。
「……いいよ。それなら付き合ってあげる。織姫、先生の彼女になってあげるよ」
 織姫の口から飛び出た言葉に、彦星は目を見開いた。
「……本当ですか?」
 手のひらで転がされていると分かっていながらも、彦星の胸は弾む。
「うん。このうちにいるときは、織姫は先生の彼女だよ」
 けれど、目の前の彼女は涼やかな顔をして言った。
「この家で、だけ……?」
 彦星の浮ついた気持ちは、一気に地の底まで落とされた。
「うん。だって織姫、他の男の子とも遊びたいもん」
 好きすぎて苦しいと思うのは、どうやら彦星だけのようだ。
「どうする?」
 織姫が彦星の耳元に囁く。織姫の甘い毒が、ゆっくりと全身に広がっていくのがわかった。
「でも、今は織姫は先生のモノ。もちろん誰にも秘密だよ?」
「秘密……」
 甘い甘い蜂蜜のような織姫の言葉に、彦星はなにも考えられなくなる。無意識に伸びた彦星の手が、織姫の頬に触れた。
「織姫……愛しています」
 熱っぽい視線が絡むと、二人の影が重なった。
「織姫も好きだよ、先生」
 彦星はそのぬくもりを確かめるように強く織姫を抱き締めた。

 
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