転生織姫の初恋
アンフェアな世界
織姫を教室へ戻すと、保健室は彦星と梁瀬の二人になる。梁瀬の貫くような視線と口調が、彦星を責め立てる。
「生徒と関係を持つなんてどういうことですか?」
「申し訳ありません」
「天月先生は教師としての自覚をお持ちなのですか? 教師は学校という場所では権力を持つ者です。たとえそこに愛があろうが、生徒と関係を持つのはフェアじゃない」
「……申し訳ありません」
梁瀬の言う通りだ。彦星はただ頭を下げるしかない。
「大方、彼女の方から誘ってきたんでしょうけれど……あなたのような真面目な方がなんで? 彼女には手を出すなって忠告したじゃないですか」
「すべて僕の弱さが招いたことです。彼女になんの罪もない。僕だけの責任です。……ですから、彼女の処分は勘弁してもらえませんか」
せめて、織姫にはまともな生活を送ってほしい。結ばれなくてもいいから、ほかの男のものになってもいいから、彦星は今度こそ織姫を守りたかった。
願いを込めて梁瀬を見つめるが、彦星のその想いが届くことはなかった。
「無茶言わないでください。そんなことできるわけないでしょう」
彦星は、それならばと奥歯を噛み締める。
「僕は今日限りでこの仕事を辞めます。この街を……いえ、この国を出ます。もう二度と彼女とは会いません。だから、お願いします。せめて彼女にだけはこのまま学生生活を送ってほしい。お願いします」
深く頭を下げ続ける彦星に、梁瀬はため息をつき、頭を搔く。
「……分かりました。そこまで言うなら、この件は誰にも言いません。……けど」
梁瀬の視線は、彦星の余す熱の行き場を奪った。
「……大丈夫です。辞表を書いたら、すぐに校長に渡します。今日中にここを出ます」
彦星は迷うことなく、パソコンから辞表の様式を開き印刷した。梁瀬はその背中に、小さく呟く。
「……そこまで思ってるなら、どうして卒業まで待てなかったんですか。そうすれば、誰も咎めたりなんてしないのに……」
彦星はその呟きに、聞こえぬふりをした。