色を失くした世界で、私はあなたに恋をした。
デスクに戻り、パソコンの電源を入れる。
「おはようございまーす」
同時に隣のデスクの椅子が引かれ、人の気配がして顔を上げる。
「おはよ、美玲」
「あ、学。おはよう」
挨拶をしてきたのは、金本学。学は同期入庁で且つ同い年のため、芹香と三人でよく飲みに行く仲の同僚だ。
学は美玲を見るなり、眉をしかめた。
「……お前、もしかして昨日泊まったの? 帰るとき、伝票チェックはもう終わるって言ってたじゃん。なんか不備でもあった?」
どうやら、美玲の仕事を手伝わずして帰ったことを気にしてくれたらしい。
「あ……いや、仕事はちゃんと終わって帰ったんだけど、終電逃しちゃって。近くのホテルに泊まったの」
「言ってくれれば迎え行ったのに」
「いいのいいの。今日はちゃんと早めに帰るから」
「……次からは言えよ。お前は人に頼らな過ぎ。また係長に仕事押し付けられてないだろうな?」
学がこそっと耳打ちしてくる。
「うん、大丈夫だよ。心配してくれてありがとね」
「……ならいいけど」
学は美玲が礼を言うと、少しだけ照れくさそうに頬を染め、パソコンに向かい合った。
美玲の仕事は主に窓口対応と伝票処理だ。窓口が空いている時間に伝票のチェックを済ませ、不備があれば各課の担当者に戻し、再度期日までに提出してもらう。しかし、この仕事は入庁してまだ三年の美玲にとってはひどくやりにくい仕事だった。
なにしろ性格どころか、顔もまだよく知らない人間に向かって伝票の不備を突きつけなければならないのだ。
大抵融通が効かないだの時間がないからそちらで直せだの、ちくちくと小言を言われてしまう。そして、それに言い返せない美玲の仕事はどんどん溜まっていった。
(これでもまだ新採のときよりはマシになったけど)
美玲はデスクの脇に置いてある伝票ボックスの山を見つめ、ため息を零した。
「すみませーん」
「あ、はーい」
窓口から声をかけられ、パーテーションから顔を出す。
「納税の相談があるんですけど」
区民だった。どうやらどこの窓口へ行けばいいのかわからないらしい。
「あ……それでしたら、うちではなく担当課は税務課になるので……」
「税務課……ですか?」
区民はピンとこないのか、困ったように眉を下げ、首を傾げた。こういう場合、美玲はいつも担当課まで区民を案内する。
「ご案内しますね。そちらの椅子にかけて少しお待ちください」
「ありがとうございます」
美玲は学に断り、席を立つ。
「ちょっと税務課行ってくるね」
「ん、行ってらっしゃい」