色を失くした世界で、私はあなたに恋をした。
「それなら言って。君はどうしたい?」
尋ねられ、美玲は目を泳がせた。
「よそ見と嘘は禁止」
頬に手を添えられ、無理矢理怜士に視線を合わせられる。
「朝霞さん……」
すべてを見透かすようなその視線に囚われ、美玲は睫毛を震わせた。
美玲には恋人がいる。たとえ最低な浮気男でも、ろくでなしでも、まだ別れていないのだから恋人には変わりない。これはその恋人を裏切る行為だ。他でもない美玲自身が恋人にされてひどく傷付いた行為だ。
(……本当は、ダメって言わなきゃいけないのに)
頭の中で、これ以上はダメだと警鐘が鳴り響く。しかし、口をついたのは真逆の言葉だった。
「……好きです、朝霞さん」
美玲がそう呟いた瞬間、怜士は満足そうに微笑んだ。そして、今度は先程よりも強引に唇を奪われる。
怜士は美玲の奥まで味わうように、深く舌を絡めていく。
「あ……さか……さん」
知らず知らず力を込めていた美玲の指が、怜士の服に食い込む。
「力抜いて」
怜士の低く掠れた声に、美玲の肩がびくりと揺れる。夜景が映っていた部屋の窓ガラスは、二人の吐息で曇り始めていた。
――――――
隣で寝息を立てる美玲を見つめ、怜士は息を吐いた。彼女の首元には、昨夜の行為の痕がいくつも残されている。
「……まったく……なにしてるんだ、俺は」
怜士は罪悪感を洗い流すように、シャワー室へ向かった。
――――――
翌朝、美玲が目を覚ますと、隣に怜士の姿はなかった。小さく水の音がする。どうやら、シャワーを浴びているらしい。
その艶やかな音に、冷めていたはずの身体が熱をぶり返す。
昨夜のことははっきりと覚えている。とうとう、一線を越えてしまった。
(いや、既に越えてはいたんだけど……これはもう、完全に浮気……だよね)
恋人を裏切ってしまった罪悪感に、胸が痛くなった。
「おはよう。体は大丈夫かな?」
シーツにくるまり考え込んでいると、シャワーを浴び終えた怜士がやってきた。
「あ……お、おはようございます」
ベッドのスプリングを軋ませて、半裸の怜士が美玲の隣に腰掛ける。
「……あの……」
なんと言ったらいいのかわからず、美玲は唇を引き結んだ。
「後悔してる?」
「え?」
怜士が悲しげに笑いながら、美玲の髪を撫でた。びくりと肩を揺らし、美玲は身を縮ませる。
「……あの、すみません。昨日私……」
美玲が謝ろうとすると、怜士がそれを遮った。
「謝るのは俺の方だ。君に交際相手がいるってわかっていて誘ったんだから」
「朝霞さんはなにも悪くないです」
慌てて美玲は否定する。
「……ねぇ、藤咲さん、抱き締めていいかな?」
「え……」
ドキリと胸が弾み、思わず目が泳ぐ。
(どうしていつも、この人は私に委ねるのだろう。いっそ強引にしてくれたら、なにもかも考えなくて済むのに……)
不意に脳裏に小狡い考えが浮かんで、美玲はハッとした。
「……私、か、帰ります」
(私、なに考えてるの)
「…………じゃあ、送るよ」
怜士は美玲に伸ばしていた手をあっさりと引くと、シャツを羽織った。
離れていく熱に寂しさを感じながらも、美玲はそれに気付かぬふりをした。