新そよ風に乗って 〜幻影〜
昔、入院している時に病院で会って、その後、会社に入って再会して……。
まさか、高橋さんの友達だとは思ってもみなかった。
「いいのよん。これで、ご飯食べてるんだから。気にしない、気にしない。貴博。じゃあな」
「おお。Thank youな」
明良さんと、お店の駐車場で別れ、高橋さんの車で私の家に向かった。
高橋さんが家の前で車を停めると、エンジンを切った。
「部屋の鍵、出しておいてくれ」
「えっ?」
高橋さんに、いきなり言われて思わず聞き返してしまった。
「だぁかぁらぁ、お前の部屋の鍵を、手に持っててくれと言ってるんだ」
「あっ……はい」
よく分からないけれど、取り敢えず高橋さんに言われたとおり、部屋の鍵をバッグから出して右手で握りしめた。
「そのまま、待ってろ」
高橋さんが先に車から降りると、助手席側のドアを開けてくれた。
「車の鍵、持ってくれるか」
エッ……。
「ひゃっ」
高橋さんが私の左掌に車の鍵を握らせると、急にフワッと身体が浮いて、あっという間に また抱っこされてしまった。
そして、助手席のドアを私の両足を持っている左腕で、思いっきり閉めた。
「俺の車に向けて、鍵の黒い部分を押して」
「は、はい」
慌てて左掌に握っていた、高橋さんの車の鍵の黒い部分を車に向けて押した。
すると、ハザードが一瞬点滅してドアロックが掛かったようだった。
「これで、いいですか?」
「ああ、上出来だ」
何か、高橋さんに褒められた気がして嬉しい。
しかし、私の部屋の前に辿り着くまでに、何度、降ろして下さいと頼んだだろう?
けれど、高橋さんは全然聞いてくれず、それどころか 『喚いて、暴れるな』 などと、逆ギレされてしまう始末で……
「鍵開けて」
「あっ、はい」
鍵開けてって、でも……。
すると高橋さんが、私がドアの鍵を開けている間、少しだけ身体を屈めて開けやすいようにしてくれていた。
鍵を開けると高橋さんがドアノブを掴み、勢いよく玄関のドアを開けた。
そして、背中でドアが閉まらないように支え、私を抱っこしたまま靴を脱いだ。
「悪いが、上がらせてもらうぞ」
あっ……。
私の返事も聞かぬまま、高橋さんは部屋に上がるとソファーに私を降ろし、明良さんに借りて履いていたサンダルを脱がせてくれて、玄関に持って行ってくれた。
「本当に、申し訳ありません。今、お茶入れますね」
片足で立ち上がろうとしたが、高橋さんに肩を上から押されて立ち上がることが出来ないまま、またソファーに座らされてしまった。
「お前、やっぱり今夜、俺の家に来い」
「えっ? な、何、言ってるんですか。高橋さん。私だったら、本当にもう大丈夫ですから」
「いいから、行くぞ」
エッ……。
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