新そよ風に乗って 〜幻影〜
「えっ? 何?」
ランチタイムで、席を外した間に置かれていた書類を手に取りながら、栗原さんを見た。
「さっき、ランチの時に知ったんですけど、高橋さんと私の家って隣の駅なんですよお!」
ランチの時、高橋さんとそんな話をしてたんだ。
「そうなの?」
「はい。だから、今日一緒に帰る約束したんです」
嘘。
何、それ……
「そ、そうなんだ。でも、栗原さん達は定時に上がるでしょう?」
「そうなんですよお。だから、どっかで待ってようかなって思ってるんですけど。あっ。 でも、高橋さんに早く上がってもらえばいっかなあ。うふふ……なーんて、考えてますけど。それと、明日の夜は、高……」
「栗原さん。仕事中は、静かにね」
栗原さんの話に、中原さんが割って入ってきた。
「はーい……」
栗原さんは、口を尖らせて私の方に向けていた椅子を真っ直ぐ前に戻して座り直すと、また書類の整理を始めので、何気なく中原さんの方をチラッと見ると、中原さんが一瞬ウィンクをして見せたので、軽くお辞儀をした。
栗原さん……。
今日、高橋さんと一緒に帰るんだ。
高橋さんの車に乗るのかな。あの、助手席に……。
少し、複雑な気分だった。
高橋さんと、別に一緒に帰る約束をしたわけでもない。
ただ、足の怪我をしてからというもの、その後は殆ど高橋さんの車で送ってもらっていたけれど、もうだいぶ良くなってきたし……。第一、私の助手席じゃないんだから。
自分にそう聞かせながら、仕事に無理矢理集中していた。
けれど、無情にも気分的に来て欲しくなかった退社時間になってしまい、栗原さんが帰ることになった。
「じゃあ、栗原さん。今日は、お疲れ様でした」
高橋さんが、17時のチャイムと同時に栗原さんにそう告げた。
「あっ、はい。ありがとうございました。高橋さん。何処で待ってれば、いいですかあ?」
栗原さん。
栗原さんが、面と向かって高橋さんに先ほどのことを有言実行している場面を目の当たりにして、驚きと共に指先が震えているのが自分でも分かって、会話を聞きながら凍り付いたように席に座ったまま身を屈めた。
「ああ、俺はまだまだ帰れないから無理だよ」
高橋さん……。 
もしかして、栗原さんの言っていたことは、本気にしていなかったの?
「うっそお。だって、昼間約束したじゃないですか!」
栗原さんが、驚いて高橋さんに詰め寄っている。
しかし、そんな栗原さんに高橋さんは全く動じる気配も見せない。
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