新そよ風に乗って 〜幻影〜
「えっ?」
「惚けないで下さい。高橋さんの気を惹こうとして、かなり強かだし、計算してますよね?」
「そんなこと……」
あまりの言われように、思うように言葉が出て来ない。
そんなこと、思ったことも考えたこともなかったのに……。どうして、そんな風に思われてしまったんだろう?
「怪我だって、本当はそんなに痛くなかったんじゃないんですか? 大袈裟に、それも計算かしら?」
そんな……。
「私は……」
ちょうど言い掛けたその時、車のドアが開く音がして、見ると高橋さんの車がエレベーターホールの前に横付けされていた。
「高橋さあん」
高橋さんに駆け寄っていく栗原さんの後ろ姿を見ながら、高橋さんの車に乗るのはやめようと決めて、エレベーターのボタンを押した。
「何してるんだ?」
後ろから高橋さんの声が聞こえたが、振り返ることができない。振り返って高橋さんの顔を見たら、泣いてしまいそうで……。
「ほら、行くぞ」
高橋さんが、エレベーターと私の間に立った。
「あの、私……」
「いいから」
高橋さんに肩を押されて、車の方に体の向きを変えさせられてしまい、それとほぼ同じくしてエレベーターが到着した音を知らせていた。
「乗って」
「あっ。矢島さんは、怪我されてるんですから、ゆったり後ろの席に乗って下さい。私は助手席に乗りますから大丈夫ですので。 それと、高橋さん。怪我されてる矢島さんの家が先でいいですからね」
な、何だか、上手い具合に仕切られてる気がする。
その強引さに圧倒されて、車に乗るに乗れないでいると、栗原さんが後部座席のドアを開けようとしたがドアが開かないらしく、ドアノブを思いっきり引っ張っていた。
ドアロックが掛かっているのかな?
「乗って」
「えっ? えっ? ちょっ……」
高橋さんが、その隙に助手席のドアを開けると私を助手席に押し込んだ。
「あっ、高橋さん。どうして? 何で、こっちのドアは開かないんですか?」
「ん? 何でだろうな?」 
高橋さんは、栗原さんの抗議を背中で聞きながらそう言って運転席に座った。
「ちょ、ちょっと、高橋さん。待って下さい」
「栗原さん。それじゃ、此処で。明日も、またよろしくお願いします。気をつけて。お疲れ様」
「待って、高橋さん!」
高橋さんは、パワーウィンドウの窓を開けて、追いかけてきて運転席の横に立った栗原さんにそう言うと、車を発進させながらパワーウィンドウのボタンを押して窓を閉めた。
高橋さん……。
高橋さんの車が駐車場から出て、やっと少しホッとできたが、栗原さんの言ったさっきの言葉が引っ掛かっていた。
それというのも、 『矢島さんって、相当ブリッ子ですよね? 惚けないで下さい。高橋さんの気を惹こうとして、かなり強かだし、計算してますよね? 怪我だって、本当はそんなに痛くなかったんじゃないんですか? 大袈裟に、それも計算かしら?』 と言われたことが哀しかった。
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