新そよ風に乗って 〜幻影〜
「だって、目の前を通ったのにさ。陽子ちゃん。俺に気づかなかったから」
エッ……。
「す、すみません。ボーッとしてて……」
「まあ、いいや。先に、診察しちゃおう」
そう言うと、明良さんは真剣な表情に変わって、私の左足を診てくれた。
「だいぶ良くなったね。このまま痛くならなければ、もう通院も最終的に1ヶ月後で大丈夫」
「ありがとうございます」
「湿布薬も出さないから。薬は、今日は無しだから」
「はい。ありがとうございます」
靴下を履いていると、カルテの書き込みが終わったのか、明良さんが私の顔を覗き込んだ。
「な、何ですか?」
「で? それは、こっちの台詞なんだけどね? 何があったのお?」
「い、いえ、何もないですよ。明良さん」
何だか、恥ずかしくて話せないな。
「主治医に、隠し事はいけません。正直に、話しましょう」
明良さん……。
明良さんなら、学生時代の高橋さんも知っているはず。聞いてみようかな? でも……。
「陽子ちゃあん?」
「は、はい。あの……。高橋さんは、その……学生時代から、女性関係は……」
「女性関係?」
明良さんが、突拍子もない言葉に目を見開いて私を見た。
「あの……高橋さんの女性関係って、そんなに激しいというか……遊び人だったんですか?」
「……」
明良さんが、ジッと私を見たまま黙ってしまった。
やっぱり、何かいけないことを聞いてしまったのかもしらない。これこそ、本当のプライバシーだものね。
「だから、陽子ちゃんも遊ばれるとか?」
「えっ?」
「好きになっても、もしかしたら遊ばれて捨てられるとか。そんなこと考えてた?」
明良さん……。
「あ、あの、そ、それは……」
「陽子ちゃん。宮内の話、貴博から聞いた?」
エッ……。
「い、いえ、聞いていないです。高橋さんも、何も言って下さらなかったし……」
「やっぱり……。そうだと思った」
明良さん。
明良さんは、微笑みながら机に向かっていた椅子を回転させて私と向き合った。
「貴博は、そういう男だよ」
「あの……高橋さんは、何で何も話してくれないんですか?」
すると、明良さんが腕を組んで私を見た。
「貴博は、余計なことは言わないから。宮内のことを陽子ちゃんに話しても、もう済んだこと。つまり、終わったことだからと思ったんだろう?」
「そう……なんですか」
宮内さんのことがどうなったのか、あれからとても気になっていた。だけど、高橋さんに聞くに聞けないままだったが、今の明良さんの話からすると、きっともう聞くことは出来ないかもしれない。
「陽子ちゃん」
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