新そよ風に乗って 〜幻影〜
あれ?
高橋さんが、席に居ない。
「あの……高橋さんは?」
「ああ。今、経理部長と打ち合わせ中で会議室に居るよ」
「そうですか」
高橋さんに、あと1回の診察で終わることを報告したかったのだが、席に居なくて残念。戻ってきたら報告しようと思って席に着くと、隣に座っているはずの栗原さんの姿も見えなかった。
どうしたんだろう? おかしいな。
栗原さんの机の上を見たが、何も書類が載っていない。何でだろう?
「あのさ……」
うわっ。
いきなり中原さんの声が近くでしたので、驚いて見ると真横に中原さんが立っていた。
「今日から、栗原さんは来なくなったから」
エッ……。
「どうしてですか?」
まさか、昨日のあの件で?
「やっぱり、あのビラ捲きがNGだったらしい。今日から自宅待機になったんだ」
そんな……。
「高橋さんが、かなり庇って頑張ったみたいなんだけど、止められなかったらしい。ある程度、情報が上までいっちゃってたからね」
高橋さんが……。
「そうだったんですか……。残念ですね」
「そうだね。でも仕方ないよ。これが社会だし、どうしても企業は組織の中の不穏分子は排除していく傾向にあるから。研修の段階でそうだと、致命的かもしれないよね」
栗原さん。
短い期間だったけど、何か凄い人だったな。
「おはよう」
「あっ、おはようございます。遅くなって、すみません」
高橋さんに声を掛けられて、慌てて立ち上がってしまった。
「あの……。足の具合は殆ど良くなっていて、あとは1ヶ月後に病院に行って何もなければ終わりだそうです」
「そう。それなら、良かった」
「はい。ありがとうございます。いろいろ、ご心配をお掛けして申し訳ありませんでした」
「あと1ヶ月は、油断しないようにな」
「はい」
高橋さんにそう言われて、ホッとした。
「栗原さんの件は中原から聞いたかもしれないが、自宅待機になったので、栗原さんが処理していた書類も頼むな」
「はい。分かりました。お預かりします」
高橋さんから差し出された書類を受け取って席に着き、早速、処理に取り掛かった。
結局、栗原さんは自宅待機の後、内定辞退か、内定取り消しになってしまったらしい。
らしいというのは、本人から直接聞いたわけではないので分からないが、まゆみの話だと研修生名簿に斜線が引かれていたとのことだった。

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