新そよ風に乗って 〜幻影〜
10月も中旬に入って、上期の決算報告書も出来上がり、下期の予算も成立して週末の金曜日。今月末で退社する松川さんの送別会が開かれる予定になっていた。
松川さんの送別会は18時からで、高橋さんに 『先に行ってろ』 と言われたので、高橋さんと中原さんより先に今夜の会場となっているいつも利用するレストランに向かった。
もう殆どの人は集まっていて、手招きされて折原さんの隣に座っていると、高橋さんと中原さんも15分ぐらい遅れて姿を見せた。
経理部長の乾杯の音頭で宴が始まり、同期の桜沢さんと一緒にバイキング形式の食事をお皿に取って食べていたが、気になって高橋さんと中原さんをちらちら見ていると、あっという間に2人とも周りを女子社員に囲まれてしまっていた。
ああ……。何だか周りのお局様と呼ばれている人達が、完全にホステスと化してる。
遠目にそんな光景を見ていても、いい気分ではなかった。
そして、恒例のカラオケが始まったが、課長の歌を聴いている人はごく僅かで、みんな話に夢中になっていた。
そんな中でも、どうしても無意識に高橋さんの姿を捜してしまう。
しかし、相変わらず女子社員に囲まれている高橋さんは、私にとって遠い存在の憧れの人で……。その遠い存在から、近い存在になることはないような気がする。 
「あんたの上司も大変ね」
そう言いながら、フルーツをお皿に載せて同期の桜沢さんが戻ってきた。
「高橋さんは、もてるから……」
「でも、そのもてることを自分でも分かってるんだろうけど、鼻に掛けないところがいいわよね。中原さんも一緒になって囲まれてるけど、中原さん個人だけ見ると意外と格好いいのよね。高橋さんと、いつも一緒に居るから影薄いけど。アッハッハ……」
「そうよね。中原さんも、格好いいわよね」
そんな話をしながら、2年目の男子の歌を何となく聴きながら高橋さんの方を見ると、目が合った気がした。
今、高橋さんと目が合った? まさかよね。
きっと、見間違いだ。
高橋さんが、こんな遠くに居る私に気づくだろうか?
エッ……。
いきなり高橋さんが、立ち上がって何処かに行こうとしている。
何処に行くんだろう? トイレかな?
そうだ!
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