新そよ風に乗って 〜幻影〜
「足が痛いとか、骨が折れたとか、どこかが出血してるとか、そういう目に見えるものは意外と簡単に分かるんだよね」
明良さん?
ドアに手を掛けたまま振り返ると、明良さんがヘッドレストを両手で抱えるようにしながらこちらを見ていた。
「だけど、どんな名医であっても、どんなに医学が発達しても不可能なことはあるんだ」
不可能なこと?
「レントゲンに、人の心までは映らない」
「明良さん……」
「人の心や気持ちまでは、どんな名医でも見えないから」
そう言って、明良さんはヘッドレストから両手を離すと私に向き直った。
「何があったのかは俺には分からないけど、話して気が休まることも、もしかしたらあるかもしれないよ? 無理にとは、言わないけど」
明良さんの優しさが身に滲みて、また涙腺が緩んでしまう。
「明良さん……。ありがとうございます。1つだけ、教えて下さい」
聞いたところで、どうにもならないことぐらい分かっている。
でも、このまま聞かずにいる方が、堪えられないような気がした。
あんな近くで……耳元で囁かれた名前。
その名前の主が誰なのか、やっぱり知りたかった。
「うん。いいよ」
呼吸を整えて、明良さんを見た。
「明良さんは、ミサさんという人をご存じですか?」
すると、明良さんの表情が一瞬強ばった
「陽子ちゃん。その名前、誰に聞いたの? まさか……貴博に?」
明良さんに問い返されて、頷くのが精一杯だった。
「あの馬鹿……」
明良さんが、右手で頭を掻きながら目を瞑った。
「陽子ちゃんは、貴博に本当に聞いたの?」
明良さんが、半信半疑といった表情で聞き返してきた。
「はい……。高橋さん。酔ってしまっていて、そのミサさんという人と私を間違えて……」
「はあ……」
すると、明良さんが大きな溜息を突いた。
< 166 / 230 >

この作品をシェア

pagetop