新そよ風に乗って 〜幻影〜
「はい。私も、墓場までテイクアウトします」
「そうそう。その調子だよ」
「はい。送って下さって、本当にありがとうございました。明良さん……。その……いろいろご迷惑お掛けしてしまって、ごめんなさい」
明良さんには、いつも、いつも本当に助けてもらってばかりいる。
「いいのよん。大事な、大事な俺の患者さんなんだから」
明良さん……。
「それじゃ、ゆっくり休んでね」
「はい。ありがとうございます。明良さんも、気をつけて。おやすみなさい」
「おやすみ」
明良さんの車を見送りながら、車が遠ざかっていくにつれて虚しさが込み上げてきて泣きそうになったので、慌ててエレベーターに乗って部屋に入った。
ドアを閉めた途端、力が抜けるように玄関に座り込んでしまったが、忘れなければいけないんだと言い聞かせて、まずはシャワーを浴びて洗い流してしまおうと、バスルームに飛び込んだ。
忘れなければ……。
全身に熱いシャワーを浴びて、無心で髪の毛を洗ってバスルームから出て鏡の前の自分と向き合った。
『ミサ……』
高橋さんの声が頭の中で、ぐるぐると廻っている。
コットンに含ませた化粧水で頬をパッティングしていたが、口元でその手が止まってコットンを置くと、自分の唇を人差し指でなぞりながらあの時の高橋さんの温もりを思い出していた。
それは、哀しく、虚しいキスだった。
キスは、高橋さんにとって挨拶代わりみたいなものだと明良さんは言っていた。
でも、私には……。
月曜日、高橋さんとまともに顔を合わせられるのだろうか?
そんな懸念はやはり当たってしまい、高橋さんの姿を月曜日に見た途端、心は正直というか、自然に高橋さんを避けていた。
視線が合えば慌てて逸らせ、体が触れれば、驚いて身を引くように距離を置く。
極力そういう行動に出ないように気をつけていても、どうしても咄嗟に出てしまっている。それは、あまりにも不自然過ぎるぐらいで、中原さんにも不思議そうに見られていた。
何とかしなければ。
頭で分かっていても、行動が伴わない。どうしても、高橋さんを避けようとしてしまう。
高橋さんも、あの出来事があってから何もそのことに関して触れることはなかったので、ホッとしていた。もし、覚えていて何か言われたら、とてもじゃないが冷静さを保てる自信がない。
10月も下旬になり、月末なのでかなり忙しく伝票処理と書類の整理に追われていた。その忙しさから、少しだけあの日の出来事を忘れられる時間も増えてきていたが、家に帰るとやはり思い出してしまって胸が苦しくなっていた。
『ミサ……』 と、高橋さんが耳元で囁く声を、今でもはっきりと覚えている。
家に帰るのが少し憂鬱だが、会社で高橋さんの姿を見ているよりはまだ良かった。
「そろそろ、今日は終わりにするか」
「そうですね」
「矢島さんも、終わりそう?」
「そうそう。その調子だよ」
「はい。送って下さって、本当にありがとうございました。明良さん……。その……いろいろご迷惑お掛けしてしまって、ごめんなさい」
明良さんには、いつも、いつも本当に助けてもらってばかりいる。
「いいのよん。大事な、大事な俺の患者さんなんだから」
明良さん……。
「それじゃ、ゆっくり休んでね」
「はい。ありがとうございます。明良さんも、気をつけて。おやすみなさい」
「おやすみ」
明良さんの車を見送りながら、車が遠ざかっていくにつれて虚しさが込み上げてきて泣きそうになったので、慌ててエレベーターに乗って部屋に入った。
ドアを閉めた途端、力が抜けるように玄関に座り込んでしまったが、忘れなければいけないんだと言い聞かせて、まずはシャワーを浴びて洗い流してしまおうと、バスルームに飛び込んだ。
忘れなければ……。
全身に熱いシャワーを浴びて、無心で髪の毛を洗ってバスルームから出て鏡の前の自分と向き合った。
『ミサ……』
高橋さんの声が頭の中で、ぐるぐると廻っている。
コットンに含ませた化粧水で頬をパッティングしていたが、口元でその手が止まってコットンを置くと、自分の唇を人差し指でなぞりながらあの時の高橋さんの温もりを思い出していた。
それは、哀しく、虚しいキスだった。
キスは、高橋さんにとって挨拶代わりみたいなものだと明良さんは言っていた。
でも、私には……。
月曜日、高橋さんとまともに顔を合わせられるのだろうか?
そんな懸念はやはり当たってしまい、高橋さんの姿を月曜日に見た途端、心は正直というか、自然に高橋さんを避けていた。
視線が合えば慌てて逸らせ、体が触れれば、驚いて身を引くように距離を置く。
極力そういう行動に出ないように気をつけていても、どうしても咄嗟に出てしまっている。それは、あまりにも不自然過ぎるぐらいで、中原さんにも不思議そうに見られていた。
何とかしなければ。
頭で分かっていても、行動が伴わない。どうしても、高橋さんを避けようとしてしまう。
高橋さんも、あの出来事があってから何もそのことに関して触れることはなかったので、ホッとしていた。もし、覚えていて何か言われたら、とてもじゃないが冷静さを保てる自信がない。
10月も下旬になり、月末なのでかなり忙しく伝票処理と書類の整理に追われていた。その忙しさから、少しだけあの日の出来事を忘れられる時間も増えてきていたが、家に帰るとやはり思い出してしまって胸が苦しくなっていた。
『ミサ……』 と、高橋さんが耳元で囁く声を、今でもはっきりと覚えている。
家に帰るのが少し憂鬱だが、会社で高橋さんの姿を見ているよりはまだ良かった。
「そろそろ、今日は終わりにするか」
「そうですね」
「矢島さんも、終わりそう?」