新そよ風に乗って 〜幻影〜
「は、はい」
机の上に散乱していた書類を片付けて、慌てて立ち上がった。
「お先に、失礼します」
「俺も、もう終わるから駅まで一緒に行こうよ」
中原さん……。
中原さんに呼び止められてしまい、本当はなるべくなら高橋さんと一緒にエレベーターに乗りたくなかったので、先にエレベーターに乗って帰りたかったのだが、今日はそれが出来なくなってしまった。
「は、はい」
本当に、久しぶりに3人でIDをスリットさせてエレベーターに乗っている。しかし、高橋さんとは目を合わせたくないので、ジッと前を向いていた。
早く、2階にならないかな。
やっと2階に着いたアナウンスが、エレベーターの中で聞こえた。
「お疲れ様でした」
「お疲れ様。中原。鍵頼む」
「あっ、はい」
「矢島さん。ちょっと、いいか?」
エッ……。
高橋さんはそう言うと、2階で降りようとしていた私の腕を掴んでいた。
「離して!」
あっ……。
「矢島さん?」
まるで拒絶するような態度と声に、中原さんが驚いた声で私の名前を呼んでいた。
高橋さんは、そんな私を黙ってジッと見つめている。
「ご、ごめんなさい。失礼します」
高橋さんと中原さんにお辞儀をして急いでエレベーターを降りると、警備本部に向かって走り出していた。
咄嗟に出てしまっていた。きっと高橋さんも中原さんも、変な私の態度を疑問に思ったかもしれない。
高橋さん……ごめんなさい。
慌てながら警備本部でIDを見せて外に出ると、また走り出した。駅まで早く行かないと、中原さんに追いつかれてしまう。
でも、本当は中原さんに追いつかれることよりも、高橋さんの傍から早く遠ざかりたい気持ちでいっぱいだった。
高橋さんに掴まれた腕……。エレベーターの中での出来事を思い出すと、まだドキドキしている。
「陽子?」
エッ……。
ちょうど信号が青に変わったので横断歩道を走っていると、名前を呼ばれたので声のする方を振り返ると、雑踏の中でまゆみが手を振っていた。
「まゆみ」
「どうしたのよ? 何か、急いでるみたいだけど」
「う、うん……」
「何かあった?」
まゆみ……。
問い掛けられてまゆみの顔を見たが、上手く言葉が出て来ない。
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